関ヶ原古戦場

2008年04月13日

そんなかんじで資料館をあとに
ここからはレンタサイクルで回りました(資料館で借りることができます!)
まずは決戦地を横目に、散りかけの桜で淡いピンクの笹尾山へ
石田陣営は、嶋隊を前方に、蒲生隊を中間に、そして後方に殿、という配置です
笹尾山は意外に低かった
私達は頂上でお昼を食べたんですけど、ひっきりなしに観光客が訪れていました
それと、野に咲いた花のおかげで、どうにものどかで・・・
ここで戦があったのだとは、ここで殿が指揮をしたのだとは、どうしても思えませんでした
友達の持ってきてくれた三色だんごでお花見気分です♪

お昼のあと、山をくだって島津義久陣跡~小西行長陣跡へ
小西の陣跡は、ロケーションが素晴らしかった・・・!
向かいに、大きな桜の木があるんですけど、風が吹くと花びらが散り掛かって、なんとも美しいのです
そして切ないのです・・・

この美しい光景を見たあとに、宇喜田さんの陣跡に行くと、そのギャップに驚きます
鬱蒼とした木々のなかにひっそりとあり・・・しかも強風のためかのぼりが折れてるー!
ちょっと!やめてあげて!!
まるで敗戦の将みたいな・・・(いや事実そうなんだけど)
なんだかもう無残な折れ方してましたよ

しかし、のぼりが折れているごときで驚いてはいけなかった
このあと大谷さんのお墓方面へは、ダムに架かった橋を越えねばならないのですが
その際、自転車を担いで斜面を階段で上らねばならないのです
しかも結構な段数!
すいません正直無理でした
皆に助けてもらいまくり;
あっもちろん迂回路はあります
私達は最短距離で行こうとしたからです
しかも大谷さんのお墓は結構な山の中なのですが
ここが、熊が出るという噂のポイントその1です
まず入口に熊注意!の看板
いざ中へ入ると・・・うわーなんだこりゃ
ビニールテープが一面、張り巡らされています
恐らく、熊が近付いたとき、音で分かるようにだと思いますが怖いよ!
びくびくしながらもたどり着きお参りを済ませました
でもこんな場所にあってもいつも新しいお花が供えられているそうです

そして最後に松尾山
熊ポイントその2
結構な山で、30分は登りました
前に友達が来たときは、途中にある看板が小早川の旗で隠れてしまっていたらしく、迷ったそうです
小早川の陰謀だ!と怒っていました(笑)
頂上には山城があったらしいですが、破却されていまはなにも残っていません(素人目には)
最近読んだある本には、殿たちはここに、ほんとうは秀頼公を入れるつもりだったのでは・・・
それが、小早川が勝手に入ってしまったのでは・・・と書いてありました
もし秀頼公が戦場にいたら、きっと戦況は一変していたのだろうな

関ヶ原合戦は、結果東軍の大勝利ですけど
家康だって、余裕綽々なわけではなかっただろうな、と実際行ってみて思いました
真後ろ(南宮山)の兵が、いまにも駆け下りて来ないという、100%の保障はないわけです
どれだけ密書を送っても、どれだけ密約を結んであっても、土壇場で、誰が血迷うかもわからない
誰が裏切るかもわからないわけですからね

若干、足りないかんじがしているのでもう一度くらい行こうかと思っています

Posted by 宵川すばる at 14:11 Comments( 0 ) TrackBack( 0 ) 史跡巡り・岐阜

関ヶ原資料館

2008年04月13日

遅ればせながら関ヶ原へ行ってまいりました
桜の舞い散る季節に行けたのは幸運ですね

実はつい先日、JRの主催する、「さわやかウォーキング」の開催地が関ヶ原だったんですが、熊の目撃情報があったため、中止になっているんです
それなのに行きました(笑)
同志がみんな武者ぞろいで「大丈夫大丈夫」と言い切るもので
私ひとりが本気で怖くて、熊よけの鈴とホイッスル持っていきましたよ

盆地を、自転車で回るのだと聞いていて、かなりきついかと思っていましたが、ちゃんと回りやすいように整備?されているのですねー!
なぜか関ヶ原町には何もないのだと思い込んでいたのですが
昔のままの、原っぱかと思いきや、住宅地なのですね
その中に陣跡が点在しているかんじです
ちょっと、予想と違いました

今回、初出陣なので、基本の西軍コースで回りました
関ヶ原資料館→決戦地→嶋左近陣跡→石田三成陣跡→笹尾山で昼食→島津義久陣跡→小西行長陣跡→宇喜田秀家陣跡→大谷吉継・湯浅五助の墓→大谷吉継陣跡→松尾山→徳川家康最後陣跡

まず関ヶ原資料館
これは・・・資料としてはどこまでほんとうなのか・・・
いや決して非難しているわけでなく
例えば殿の財布とかあったんですけど、挿話がもはや伝説めいていました
殿が伊吹山を敗走するとき、道案内をした村人に、礼として贈ったものだとか;
そんな中、左近の文書があり、それには「これは信憑性が高い!」と書いてあったので、一見の価値ありだと思います
ほかまぁ、大筒とか(笑)出土品とか
それと300周年祭のときに撮影されたらしい、陣跡の写真がありました
300年周祭があったんだ・・・!
すごい!!
ちなみに「関ヶ原合戦400周年祭」はついこの間でしたが、行きたかったですね・・・!!
東西両軍の行軍!見たかったです・・・!!
500年祭のときはもう生きてないしなあ;

2階には関ヶ原合戦に参戦した主な武将のプロフィールが掲示されており、そこには当時の年齢も書かれています
目を引くのは、やはり小早川秀秋の19歳と、宇喜田さんの余生がその後50年ほど続くこと(笑)
余談ですが、私は、金吾少年が嫌いじゃないです
むしろ最近は同情すら覚えます
だってたった19歳で、そんな子供が、重臣の助けもあったにせよ、歴史を動かす選択を迫られるわけです
その2年後に亡くなっていることも、関ヶ原合戦と無関係ではなさそうだ、というのが通説だし、私もそう思います
その苦悩を思うと・・・もうなんというか・・・
「小早川の寝返り」として、400年も語り継がれるという形で、彼は責任を取ることになった
そろそろ、許されてもいいんじゃないでしょうか

もうひとつ余談で申し訳ないですが
吉川広家
この人も、興味深い
関ヶ原ものの物語に書かれている、この人の奔走は必死さを感じさせるものがあります
それなのに合戦後
毛利の所領は没収
その一部が吉川自身に与えられることとなる
彼は、それを必死で辞退して、どうか毛利家の領地としてほしいと願い出ます
この人は、家康にいいように利用された人という印象が強いですが
まあ事実そうかも知れませんが
でもこの人がいなければ、結果的に毛利家は取り潰しだったんじゃないでしょうか
いままさに合戦が行われている中
出陣の要請に向かい「これから弁当を食べる」って言うんですよ
言い続けるんですよ
どんな根性ですか・・・
動かないのも、ひとつの戦いだと
私には、この人が家を思う気持ちと、殿が豊家を思う気持ちに、なんら違いがあるとは思えません

知人曰く、「殿は、きっともうじゅうぶんだと思っているんじゃないかな」とのことです
自分はもうじゅうぶん評価された
次は他の、歴史に埋もれた人物を、再評価してほしいと・・・

そんなかんじで資料館をあとに・・・する前に気になるのがお土産
家でお酒を飲まないくせに、ぐい飲みを買ってしまった私です:
黒に金字が映えるんだ!
しかも、ないと思っていた下がり藤の方があったので、即断即決で買いました
それと、武将シール!
これは別に欲しくなかったんですが・・・10枚買うとシークレットがつくと係の方に言われ、買いました
この商売上手めが!(笑)
シークレットが誰のシールだったのかは、内緒
営業妨害になってしまうので
あっあと、嶋左近の本!
フィールドワークをまとめたもの
ここにしかない、というので買いましたー
読むのが楽しみです・・・!
ここの資料館は新商品の開発にもとても熱心でいらっしゃいました
活気があって素敵です♪

Posted by 宵川すばる at 13:33 Comments( 0 ) TrackBack( 0 ) 史跡巡り・岐阜

岐阜城

2007年06月23日

岐阜城に行きました
こちらは日本100名城にも指定されている有名なお城でずいぶん観光地化されていました
金華山の頂上にあるので麓からロープウェイで登っていきます

岐阜城は関ヶ原の際、織田信長の嫡孫である秀信が当時の城主だったのですが、西軍に味方したことで攻められ落城、廃城となった城
いまある天守は再建されたもので、その意味では大垣城と同じなのですが、やはり、戦国史の流れの中で城としての役目から滅びた城と、そうではなく全く無関係に事故的に焼失した城とでは、少し違う感じがしました


この日は雲の中に隠れていて写真が上手く写せなかったのがイタイです
城内は、もう時間もなかったので、ざっと見ただけですが・・・


よかったのは、これも複製だと思うけど毛利秀元の采配がありました!
柄の部分に毛利の紋、一文字三星紋が輝いてます
竹中半兵衛考案の兜、織田信秀の兜や合戦絵図もよかったですね
あと大筒と忍者グッズ(手裏剣とかまきびしとか色々)これもはじめて見たので面白かった
また、岐阜城は織田信長や斎藤道三が居城したことでも有名ですね

城内にある、信長の肖像に描かれていたあまりにも西洋かぶれな風貌にはびっくり
西洋びいきだと知ってはいたけど、それにしてもすごい
正直、悪趣味(笑)
信長のことは全然知らないんですがどこかで、「当時あまりに革新的すぎて、時代を壊してしまうほどで、故に討たれた」というような記述を見たことがあってそれが印象的だったのですが、あの絵を見てまたその言葉を思い出しました


最上階からの眺めはさすがに素晴らしい
遠く東山スカイタワーまで見えました
でも思うんですが、こんな城こそどうやって攻めたんでしょう
それこそ登るだけで疲れると思うんですが・・・


麓には信長の居館跡があり信長像もあります
居館跡はほんとうに一部しか残っておらず、ちょっと悲しいです
岐阜市立博物館には館の復元CGがあるそうですね
その岐阜城資料館や岐阜市歴史博物館も今回は行けず・・・
リス村も閉まっていてちょっと残念でした
そういうわけで岐阜城はもう一度行きたいですね
あの山を登ってみたいと思うし

また、ここは夜景スポットとしても有名で、期間限定で開館時間を延長しているそうですね
夜も行ってみたいです

100名城のガイドブックを買おうと思ったのですが置いてなかったです、帰りに本屋で発見しましたがひとまず買うのはやめておきました
なんか、色々本とかTVとかゲームとかで触れて自然に、自分が行きたいな~もっと知りたいな~と思ったところに行く方がいいかなと思ったり
でもそのサブ的に持っていてもいいかなと思ったり
まあたぶんそのうち買いますが(笑)

Posted by 宵川すばる at 18:04 Comments( 0 ) TrackBack( 0 ) 史跡巡り・岐阜

大垣城

2007年06月23日

ビデオ鑑賞→城内散策→名水を飲む→水饅頭を食べる


大垣城に行ってまいりました~

大垣城は、関ヶ原では西軍の本拠地となった城
三成はこの城に入り、西軍の防衛線となる岐阜城、犬山城、竹ヶ鼻城の三城を統率しました

4=死を意味するとして避けられた時代にあって、4層の天守は歴史的にも貴重なもので、かつて国宝にも指定されましたが、惜しくも戦火にあい消失
いまの天守は再建されたもの、ということです
そうは言っても昔のままの姿でつくられているので、これと同じものが何百年の昔にもやはりここに建っていた、と考えると感慨深いですね

1階では関ヶ原の戦いにまつわる展示やビデオの上映があります
このビデオが内容が濃いのはいいですがとにかく長い・・・!
友達の休日を一日ここでつぶすわけにもいかないので、少しだけ見てきました
ドキュメント番組ほどのボリュームと内容がありました
いつか全部見てみたいです

2階には三成らの奉行と宇喜田秀家が送ったとされる書状の複製があり、「治部少」とはっきり読めるのが感動で写メってきました♪
複製とはいえ三成関連の資料を生で見るのがはじめてだったので!
ちゃんと花押もありましたよ!
ほか、城下町のジオラマなんかもあり、充実していました

最上階は展望室となっており、周囲が一望できます
ある本に、一章丸々、大垣城のことが書かれているのですが、そこにこんな風に記されています
「大垣城の背面は関ヶ原の山峡である。北側は伊吹山系からのびた峨々たる山塊が屏風でも並べたように連なり、南側は伊勢、伊賀まで続く鈴鹿山脈である」
まさにその通りの景色を見ることができました

天守も含めて、かつて城郭だった部分がいまでは大垣公園となっているそうです
外には、関ヶ原の後、城主となった戸田氏鉄の像があるのですが、軍配を掲げた姿がなんかやけにかっこいい!
この像を入れて城を撮ると絵になりますよ

近くにある郷土館には城の模型もあるそうなんですが今回は行きませんでした
また今度


ちなみに大垣城は水の都だそうです
駅前商店街の一角に井戸があり、地下水が湧き出ています
これがなんかすごい美味い
立ち寄った際には是非飲んでみて下さい
近所の方がひっきりなしに汲みにくるのもよく分かります


それと忘れてはならないのが大垣名物の水饅頭
これも駅前商店街で販売されていて、店内でも頂くことができます
わらび餅みたいなもんかな~と思いきや意外に弾力がある
生地は(たぶん)くず粉でつくっているそうです
見た目にも涼しい夏の甘味ですね

杭瀬川は、たしかにJRの線路が横切っているのですが、名古屋から行くと大垣よりもっと向こうにそのポイントがあるので見ることはできませんでした!でも実際戦った場所にいつか立ってみたいなと思いました
杭瀬川の戦いの話はほんとに好きなので・・・かっこいいよね

そんなかんじの大垣城探索でした
惜しいのは、なんか変なところから入って出ちゃったようで、門らしい門を見てないんですよね~
それは帰ってから気付いたのですが・・・
あとでパンフレット見たらちゃんと門があって写真も載ってましたから
それとやはり残存する部分の少なさと、商店街のど真ん中にあるところ
昔を偲ぶ空間の隙間がないというか・・・

でも面白かったです
個人的には一日いても飽きないと思います

Posted by 宵川すばる at 18:00 Comments( 0 ) TrackBack( 0 ) 史跡巡り・岐阜

岩村城

2007年06月23日

名物五平餅を食べる→城下町散策→歴史ある酒屋さんなど覗く→岩村城登城→名物そばを食べる


恵那市岩村町にある、岩村城に行ってきました

まずあちこちに貼ってある(JRの名古屋駅にもある)ポスターが美しい
日本100名城に選ばれたことをPRするためのものみたいですが、すごく、岩村城の良さを引き出してるポスターだと思います、あれはいいね

岩村城のことを全然知らなかったので、当初は石垣が多少残っている程度なのだと思っていたのですが、全然そんなことはなく、むしろ町全体が歴史を伝えている、面白い場所でした
彦根のキャッスルロードとはまた違い、ほんとうに江戸時代の建物が、そのまま多く残されているのです
かなり渋いです
観光客もたくさんいました

肝心の城は急な坂道の上にあり、歩くのは結構大変、でも思ったほどでもないかなあ
ただやはり攻めにくい場所であることは確かです
いま読んでいる本に「攻めようとしても登るだけでいい加減疲れる」というような記述があって笑ってしまいましたが、その言葉の意味がよく分かりました
さすが三大山城、本丸標高日本一
石垣の積み方が、改修された時代によって違うらしく、ただ石を積み上げただけの場所と、綺麗に加工した石を積んだ場所との違いも一目瞭然で、時の流れを感じました
城郭などは全て残っていませんが足を運ぶ価値ありです
またこの城は信長の伯母「おゆう」の城としても有名で、「女城主」という銘柄の地酒が売り出されています
城下町にある酒屋さんで試飲したところやや辛口ですっきりして飲みやすかったです
小さいサイズを買いました♪

岩村町には町の歴史を伝えるものがたくさんあって、羨ましいなあと思いました
資料館には、大阪夏の陣・冬の陣で着用した鎧があったし!
鎖帷子もはじめて目にしました!
あと8代目将軍吉宗から藩主への書状
「別紙目録の通り何万石を与えます」という内容が書いてあって、ちゃんと、~村、~村と与える地名の書かれた目録がついている
そして吉宗の印が押されている
面白いなあ

この地に橋本祐三郎という方の首塚があるのですが、この方はかつて岩村藩のお代官様だった方で、年貢を納められなかった領民をかばったために打ち首にされてしまったそうです
切ない話なのですが、でも岩村町の10人の偉人にも名を連ね、墓には今も花が添えられているそうです
ちゃんとそうやって名前と存在が現代まで残って、よかったなあと思います

Posted by 宵川すばる at 17:52 Comments( 0 ) TrackBack( 0 ) 史跡巡り・岐阜