「三成供養祭(長浜市石田町)」
2007年11月25日
九曜紋の干菓子
石田神社
新幹線で米原まで行き、乗り換えて長浜に到着、そこからレンタサイクルで5キロとなかなかに長旅でした;
遠いんだ石田町・・・。
でも早く出たおかげで開始30分前には到着し、待ち時間には石田会館でお抹茶と干菓子を頂きました。
それだけでも嬉しいことなのに、なんと干菓子は九曜紋!
これ売ってないから今日のためにつくったんだと思いますよ!
そんで開始時刻になると石田神社へ移動。
来賓紹介があったんですが、市長さんとか衆議院議員の方とか、子孫の方もいらしてて、びっくりしました。
そして来賓の方の挨拶のあと、読経とご焼香が始まりました。
一般人も焼香させて頂けるとのことだったので、してきました。
三成公のたましいに、こんなにきちんとした形でご挨拶ができるとは・・・!
史実の三成好きには、ちょっとありえないほどに贅沢な経験で、感動(^^)
お昼は三成うどんを食べ(普通のかきあげうどんでした)、そのあとは街中にある、三成ゆかりの武将の名前が書いてある街灯巡り(定番です)。
宇喜多さん遠いよ!と騒いでいたら、もっとずっと向こうに島津のおいちゃんのがあると判明。
聞かなかったことにして、行きませんでした(ごめん)。
それから、白川先生による講演会。
白川先生、熱いね!
「文句があるなら受けて立ちます」的な、挑発的なポーズを終始崩しません。
三成公に対する思い入れがとんでもなく大きいのだと思います。
無知な私には分からない話題も多かったです;
そのあと、今日祭壇にそえられていたおそなえもののお餅をいただきました。
これも、かなり嬉しかったです。
今年は人が多かったそうで、それってやっぱ私みたいな若い女性が増えてるんだと思います。
でも、そうやって状況が変わっても、ブームに乗るでもなく私たちを気にするでもなく、今までと同じやり方でつつましく供養の行われる様子がすごいよかったです。
このお祭りが、石田町にずっと住んでいる人の年中行事として、根付いているのだと思うと嬉しかったです。
ここにいるのはゲームの殿でなく、史実で生きていた三成公だなあと思いました。
そういうのを感じられたイベントは初めてでした。
白川先生のお話を聞いて思ったのは、記録として残っている中で色々あることの、結局なにがほんとなのか、やっぱり私には分からないということです。
でも自分の直感で言うなら、三成について、あれだけ悪評があるということは、火のないところに煙りは立たないので、やっぱやな奴だったかも知れんし、汚い仕事もやっていたかも知れないということです。
でも、それを差し置いても、やっぱ官僚として素晴らしい方で、貢献の度合いも物凄いと思うんですね。
好きだから、とかは置いておいて、全くニュートラルに見たときに、その部分が全く評価されてこなかったことは、やっぱり不自然なことだし、悲しいことだなあって思います。
「三成の足跡」ということで壁に掛かっていた地図を見ると、九州から青森まで、ほんとうに日本全国を股にかけて仕事をしているんですね。
そんな人がこの時代、ほかにいたかなあ?
悪評がどうの、というよりは、この人が成し遂げてきたことにこそ、目を向けたいんだな、私は、と改めて思いました。
追記。
石田会館について、「お抹茶を頂きました」としか書いてませんでした・・・;
えーと、ほんとうに普通の公民館といったかんじで、お茶やお花の教室なんかもやってるみたいです。
そうやって地域に根付いた使われ方をしているところが私はまた、嬉しかった。中には、佐和山落城図の屏風などが立てかけてあったり、三成公の生い立ちをアニメにしたものが上映されてたりしました(これ結構長いです)。
供養祭プログラムのひとつ、座談会もここで行われており、私は参加しなかったのですが、参加者一同、最後に記念写真なども撮影されてました。たぶん座談会は、白川先生の独壇場だったと思われます(笑)。
それとですね!色んなサイト様で見かける「三成フェスティバル」の看板!
これは供養祭の会場で使われておりましたです、はい。
なぜか吉本による漫才なども行われており、その舞台の後方に設置されておりました~。
Posted by 宵川すばる at 00:54│Comments(0)
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