関ヶ原資料館

2008年04月13日

遅ればせながら関ヶ原へ行ってまいりました
桜の舞い散る季節に行けたのは幸運ですね

実はつい先日、JRの主催する、「さわやかウォーキング」の開催地が関ヶ原だったんですが、熊の目撃情報があったため、中止になっているんです
それなのに行きました(笑)
同志がみんな武者ぞろいで「大丈夫大丈夫」と言い切るもので
私ひとりが本気で怖くて、熊よけの鈴とホイッスル持っていきましたよ

盆地を、自転車で回るのだと聞いていて、かなりきついかと思っていましたが、ちゃんと回りやすいように整備?されているのですねー!
なぜか関ヶ原町には何もないのだと思い込んでいたのですが
昔のままの、原っぱかと思いきや、住宅地なのですね
その中に陣跡が点在しているかんじです
ちょっと、予想と違いました

今回、初出陣なので、基本の西軍コースで回りました
関ヶ原資料館→決戦地→嶋左近陣跡→石田三成陣跡→笹尾山で昼食→島津義久陣跡→小西行長陣跡→宇喜田秀家陣跡→大谷吉継・湯浅五助の墓→大谷吉継陣跡→松尾山→徳川家康最後陣跡

まず関ヶ原資料館
これは・・・資料としてはどこまでほんとうなのか・・・
いや決して非難しているわけでなく
例えば殿の財布とかあったんですけど、挿話がもはや伝説めいていました
殿が伊吹山を敗走するとき、道案内をした村人に、礼として贈ったものだとか;
そんな中、左近の文書があり、それには「これは信憑性が高い!」と書いてあったので、一見の価値ありだと思います
ほかまぁ、大筒とか(笑)出土品とか
それと300周年祭のときに撮影されたらしい、陣跡の写真がありました
300年周祭があったんだ・・・!
すごい!!
ちなみに「関ヶ原合戦400周年祭」はついこの間でしたが、行きたかったですね・・・!!
東西両軍の行軍!見たかったです・・・!!
500年祭のときはもう生きてないしなあ;

2階には関ヶ原合戦に参戦した主な武将のプロフィールが掲示されており、そこには当時の年齢も書かれています
目を引くのは、やはり小早川秀秋の19歳と、宇喜田さんの余生がその後50年ほど続くこと(笑)
余談ですが、私は、金吾少年が嫌いじゃないです
むしろ最近は同情すら覚えます
だってたった19歳で、そんな子供が、重臣の助けもあったにせよ、歴史を動かす選択を迫られるわけです
その2年後に亡くなっていることも、関ヶ原合戦と無関係ではなさそうだ、というのが通説だし、私もそう思います
その苦悩を思うと・・・もうなんというか・・・
「小早川の寝返り」として、400年も語り継がれるという形で、彼は責任を取ることになった
そろそろ、許されてもいいんじゃないでしょうか

もうひとつ余談で申し訳ないですが
吉川広家
この人も、興味深い
関ヶ原ものの物語に書かれている、この人の奔走は必死さを感じさせるものがあります
それなのに合戦後
毛利の所領は没収
その一部が吉川自身に与えられることとなる
彼は、それを必死で辞退して、どうか毛利家の領地としてほしいと願い出ます
この人は、家康にいいように利用された人という印象が強いですが
まあ事実そうかも知れませんが
でもこの人がいなければ、結果的に毛利家は取り潰しだったんじゃないでしょうか
いままさに合戦が行われている中
出陣の要請に向かい「これから弁当を食べる」って言うんですよ
言い続けるんですよ
どんな根性ですか・・・
動かないのも、ひとつの戦いだと
私には、この人が家を思う気持ちと、殿が豊家を思う気持ちに、なんら違いがあるとは思えません

知人曰く、「殿は、きっともうじゅうぶんだと思っているんじゃないかな」とのことです
自分はもうじゅうぶん評価された
次は他の、歴史に埋もれた人物を、再評価してほしいと・・・

そんなかんじで資料館をあとに・・・する前に気になるのがお土産
家でお酒を飲まないくせに、ぐい飲みを買ってしまった私です:
黒に金字が映えるんだ!
しかも、ないと思っていた下がり藤の方があったので、即断即決で買いました
それと、武将シール!
これは別に欲しくなかったんですが・・・10枚買うとシークレットがつくと係の方に言われ、買いました
この商売上手めが!(笑)
シークレットが誰のシールだったのかは、内緒
営業妨害になってしまうので
あっあと、嶋左近の本!
フィールドワークをまとめたもの
ここにしかない、というので買いましたー
読むのが楽しみです・・・!
ここの資料館は新商品の開発にもとても熱心でいらっしゃいました
活気があって素敵です♪



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