そうだ山梨に行こう・2
2008年09月21日
この日のお宿は石和温泉にあるホテル
ビジネスホテルみたいなとこなんですけど、さすが温泉街にあるとあって
大浴場がついていました、しかも土曜はオールナイト営業で
夜中に行ったらほとんど貸切状態
これがすごい嬉しくて・・・贅沢で!
ご機嫌のまま次の日は
勝沼ぶどう郷をぶらぶら
ぶどう畑の広がる丘の景色も素晴らしいです
ぶどう狩りでは試食をさせてもらえます
ピレーネが甘くてとても気に入りました!
そのあとぶどうの丘にあるワイナリーで試飲をしました
山梨のワイン170種近くあります
冷えてないのであんまし美味しくはないですが
国産ワインは飲みやすいものも多く、特に白の軽いものはジュースのようです
そういうわけで白をたくさん飲んだら魚料理が食べたくなって
レストランに行ったのですが1時間待ち・・・
このあたりはぶどう園以外ほとんど店などもないので仕方ないですが
予約をしておいた方がよさげです
ワイナリーはほかにもたくさんあったのですが
あえて塩山という隣の駅にある甲斐ワイナリーへ
昔ながらの蔵を使用してワインをつくっています
というのも、かなり古い歴史ある酒造屋さんなのですが
昔は日本酒をつくっていたそう
いまも、父と息子の親子ふたりでほそぼそやってるみたい
工場も見せてもらいましたが、とっても手作り感あふれるかんじでした
父と息子でつくりたいワインが違うらしく
いつもブドウの取り合いになるのだとか(笑)
このあたりのおうちはほんとにこう・・・一家総出でワイナリーやぶどう園を営んでいて
自分の家の商品に誇りを持っていることがつたわってきて、胸打たれました
それから甲府駅に帰ってお土産~と思ったのですが有名なお菓子以外にあまりなく
武田神社の前のお店とかでも買っとけばよかったなと思いました
妥当なのは信玄餅・もいだブドウ・ワインあたりですかね
ワインは駅で買おうと思っても試飲できないので難しいけど
国産ワインは数が少なく県外にあまり出回ってないらしいので喜ばれるんじゃないでしょうか
かえりに長野を通るので
SAでおやきも買えて大満足のたびでした
ビジネスホテルみたいなとこなんですけど、さすが温泉街にあるとあって
大浴場がついていました、しかも土曜はオールナイト営業で
夜中に行ったらほとんど貸切状態
これがすごい嬉しくて・・・贅沢で!
ご機嫌のまま次の日は
勝沼ぶどう郷をぶらぶら
ぶどう畑の広がる丘の景色も素晴らしいです
ぶどう狩りでは試食をさせてもらえます
ピレーネが甘くてとても気に入りました!
そのあとぶどうの丘にあるワイナリーで試飲をしました
山梨のワイン170種近くあります
冷えてないのであんまし美味しくはないですが
国産ワインは飲みやすいものも多く、特に白の軽いものはジュースのようです
そういうわけで白をたくさん飲んだら魚料理が食べたくなって
レストランに行ったのですが1時間待ち・・・
このあたりはぶどう園以外ほとんど店などもないので仕方ないですが
予約をしておいた方がよさげです
ワイナリーはほかにもたくさんあったのですが
あえて塩山という隣の駅にある甲斐ワイナリーへ
昔ながらの蔵を使用してワインをつくっています
というのも、かなり古い歴史ある酒造屋さんなのですが
昔は日本酒をつくっていたそう
いまも、父と息子の親子ふたりでほそぼそやってるみたい
工場も見せてもらいましたが、とっても手作り感あふれるかんじでした
父と息子でつくりたいワインが違うらしく
いつもブドウの取り合いになるのだとか(笑)
このあたりのおうちはほんとにこう・・・一家総出でワイナリーやぶどう園を営んでいて
自分の家の商品に誇りを持っていることがつたわってきて、胸打たれました
それから甲府駅に帰ってお土産~と思ったのですが有名なお菓子以外にあまりなく
武田神社の前のお店とかでも買っとけばよかったなと思いました
妥当なのは信玄餅・もいだブドウ・ワインあたりですかね
ワインは駅で買おうと思っても試飲できないので難しいけど
国産ワインは数が少なく県外にあまり出回ってないらしいので喜ばれるんじゃないでしょうか
かえりに長野を通るので
SAでおやきも買えて大満足のたびでした
そうだ山梨に行こう・1
2008年09月21日
西日本にいると
そうだ山梨に行こう という考えがまずうかばないのですが
関東に住むお友達に教えてもらった情報をもとに、行って来ました、初山梨
大河の影響でここぞとばかりに観光に力を入れているかと思いきや
意外にもつつましかったです
バスも電車も本数があまりなく
お土産売ってるとこも少なかったなー
着いてまず思ったのがほんとに山あいの町だなーということ
そういうのはいくらガイドブックとか見てもわかんないんですよね、実際に行って実感しないとね
まず駅前の「小作」でほうとうを食べました
種類が多いしなかなか美味しい
食べたことのないあじ・・・麺というより、もちっぽい?
きしめんがぶあつくなったみたいで食べ応えがありました
でっかい野菜もごろごろ入っていて、スープは味噌味だけどあっさり仕立て♪
麺類はあまり食べないほうですがこれは気に入りました!
かなりおなかいっぱいになります
そのあと甲府城で百名城スタンプを押しました
すごい人がいなかったけど、門のほうから見渡す石垣の光景、私はとても気に入りました
要塞みたいでかっこいいですよ、写真では表現できてないけどね
それから風林火山の企画展を見て(なかなかおもしろかった)武田神社へ
ここは昔武田氏の館があった場所、とあって宝物殿もなかなか見ごたえがあります
風林火山の旗と、大井夫人所持の懐刀・・・代々受け継がれてきたらしいです
現当主13代のご好意で展示されているのだとか!すご・・・
というか武田家は、家系図は現在まで続いているのですね
知らなかった
あと、模写ですけど、はせがわとうはく画の信玄肖像画とか
最近ちょっとだけ絵に興味があるので、面白かったです
そのあとほんとはフルーツ公園で巨峰ソフトクリームが食べたかったんだけど、
行ったころにはもう閉まっていたので・・・
注文を受けてからつくると聞いててかなり楽しみにしていたんですけど残念
「ほったらかし温泉」へ直行
あたりが暗くなったころ、「あっちの湯」に入りました
すごい夜景!
しかもお湯がぬるめでかつぬるすぎずいつまででも入っていられる
つくりも、人工的すぎず、でもちゃんと清潔なかんじがして
このバランスは素晴らしい・・・
社員の方の手作りなのだと聞いてびっくり!
タオル200円で買えます、思い出の品としてどうぞ
ちなみにここは朝も夕も来て見たいな
是非富士山の見える晴れた日に
そうだ山梨に行こう という考えがまずうかばないのですが
関東に住むお友達に教えてもらった情報をもとに、行って来ました、初山梨
大河の影響でここぞとばかりに観光に力を入れているかと思いきや
意外にもつつましかったです
バスも電車も本数があまりなく
お土産売ってるとこも少なかったなー
着いてまず思ったのがほんとに山あいの町だなーということ
そういうのはいくらガイドブックとか見てもわかんないんですよね、実際に行って実感しないとね
まず駅前の「小作」でほうとうを食べました
種類が多いしなかなか美味しい
食べたことのないあじ・・・麺というより、もちっぽい?
きしめんがぶあつくなったみたいで食べ応えがありました
でっかい野菜もごろごろ入っていて、スープは味噌味だけどあっさり仕立て♪
麺類はあまり食べないほうですがこれは気に入りました!
かなりおなかいっぱいになります
そのあと甲府城で百名城スタンプを押しました
すごい人がいなかったけど、門のほうから見渡す石垣の光景、私はとても気に入りました
要塞みたいでかっこいいですよ、写真では表現できてないけどね
それから風林火山の企画展を見て(なかなかおもしろかった)武田神社へ
ここは昔武田氏の館があった場所、とあって宝物殿もなかなか見ごたえがあります
風林火山の旗と、大井夫人所持の懐刀・・・代々受け継がれてきたらしいです
現当主13代のご好意で展示されているのだとか!すご・・・
というか武田家は、家系図は現在まで続いているのですね
知らなかった
あと、模写ですけど、はせがわとうはく画の信玄肖像画とか
最近ちょっとだけ絵に興味があるので、面白かったです
そのあとほんとはフルーツ公園で巨峰ソフトクリームが食べたかったんだけど、
行ったころにはもう閉まっていたので・・・
注文を受けてからつくると聞いててかなり楽しみにしていたんですけど残念
「ほったらかし温泉」へ直行
あたりが暗くなったころ、「あっちの湯」に入りました
すごい夜景!
しかもお湯がぬるめでかつぬるすぎずいつまででも入っていられる
つくりも、人工的すぎず、でもちゃんと清潔なかんじがして
このバランスは素晴らしい・・・
社員の方の手作りなのだと聞いてびっくり!
タオル200円で買えます、思い出の品としてどうぞ
ちなみにここは朝も夕も来て見たいな
是非富士山の見える晴れた日に
夢のあと
2008年07月21日
帰陣致しました(きのう)
果てしなく疲れたけど・・・濃い旅だった!
すてきな同志さまと、戦国塗れの2日間
日々の煩わしいことなにも考えないで、ただただ、むかしに浸ってきました
現実に戻ってこれないよ・・・
前日は楽しみすぎて眠れず帰宅後は遊び疲れて眠る
そんなときを過ごすのは小学生のころ以来で、石田三成に出会ってからだと、おもいます
19日
●観音寺城
城跡は結局見てないのかな・・・?
でも石垣を見ました、100名城スタンプも押せました
蓮池があった!
寺はそれほど広くない敷地に、石像とか所狭しとあって「なんだかいっぱいいるなあ」という印象
●安土城
石段も石垣も、全部現存なんですよね
すごすごる・・・
スタンプが増えて満足
秀吉と利家のお隣さんっぷりを目の当たりにしました
蘭丸の屋敷跡はすたれていた・・・発掘調査してあげて・・・
●昼(信長の館)
信長ハンバーグ(近江牛のハンバーグ)
とても柔らかいのだが・・・ハンバーグは固めが好きかも;
信長は興味深いひとなんですが、すごすぎてなかなか、親近感が沸かないのだよ・・・
●北近江歴史大学(テーマ:石田三成と佐和山城)
今日のメインイベント
このために来たよ・・・ちょう面白かった
あの先生好きだー
結局、石田三成が佐和山城に入ったのはいつだったのか?というのが主題でした
ちょっといま資料が手元にないので書けない・・・あとで追記します
京都所司代をつとめていた、というのをやたら強調するので新説かと思いきや
帰って調べたらwikiにも載っていた・・・もう通説になっているのかしら
関ヶ原合戦を起こした理由は、一発逆転のためだったのでは、という話には参加者のみなさん納得いかないご様子・・・やっぱり、義を重んじたひとだと信じていて、だから好きで、あぁいうところにも来ている人にとっては衝撃ですよね
そうだなあ私は・・・いろんな理由があったと思います
政治の実権を握るという現実的な考えとともに
いちばんよかった時代への未練とか、自分のつくりあげてきたものが崩れていくのを我慢できなかったのだとか
そういう感情的な部分もあったんじゃないかと
まあ、怒り・・・ですよね
そういう衝動じゃないとあれだけのことは、なかなか出来ない気が
あと、領民にとって、良い領主だったという話が最後にちらっとあって
嬉しくて涙ぐんでしまった・・・
日夜たくさんの史料を読んで研究していらっしゃる人の言葉は私にとって重い
史料をもとに、推理して、史実の隙間を埋めていくのはたのしそう
ほんとうは、おねね様が関ヶ原合戦のとき、どういう立場でいたのかを
学会ではどういう見解になっているのか
先生のお考えはどうなのか
聞きたかったけど、聞けませんでした(チキン)
●長浜城(企画展:関ヶ原合戦と石田三成)
企画展初日であったためか駐車場がいっぱいでした
前来たときより展示内容がめちゃめちゃグレードアップしてるんですけど・・・
左近の書状が・・・まだあったー!
ありがとう長浜!
ここの最上階から見る景色が好きなんです
琵琶湖を掌握している気分になれる
最後に湖岸のあたりを走ったのでそのときも湖をみることができたし
これでもう思い残すこともなく近江の国をあとにしました
●夜(戦国居酒屋)
ここはコンセプト居酒屋なのに、お酒も料理もそれなりに美味しいのが素晴らしい
文句なし
欲を言えば個室が欲しいところではありますが
忙しかったらしく、刀のマドラーでかき混ぜてくれなかったので、お願いしてやってもらいました
でかい胡椒ひきがどうにも大筒に見えて直視できませんでした
考えることはみな同じ・・・
そんでまたやっちまったな!なことに
楽しくって飲みすぎてしまってですね
折角終電乗ったのに
降りる駅を寝過ごしてタクシーで帰るハメに
家に着いたらかばんから大量のティッシュと見知らぬうちわが出てきて
なんだこりゃ?と記憶を辿ったら
そういやタクシーの運ちゃんにもらったのでした
20日
●桶狭間巡り
・大高城
・鷲津砦
・丸根砦
・桶狭間古戦場
事前に勉強しといてよかった・・・
読む暇がなく、恥も外聞もなく通勤電車の中で「戦乱の日本史」を開いた日々
全てはこの時のために!
関ヶ原合戦の、あの間延びしたかんじとはまた違う
緊迫感のあるカードの切りあい
結果、制したのは信長ですが
義元も・・・死に方ひとつだけをクローズアップされ、これだけ評価が決まってしまうのは、哀れ
たぶん学会とかでは、それほど評価は低くないと想うんですが・・・予想ですが・・・
一般的なイメージももっと向上していくといい
駅に向かい途中、通り抜けた公園で「あそこで一服しよう」と友人が指差した先を見ると
なんとアンパンマンの形をしたゴーカート・・・しかも有料
いや、それは、ちょっと!?と渋る私でしたが、よく見るとその後ろに
保護者が待機するためのパイプ椅子が用意されていたのでした(笑)
●昼(きしめん)
きしめん屋でさぬきうどんの釜玉を頼む私
前にも伊勢うどんのお店でラーメンをたのんだっけなあ・・・
お味は・・・うーんさぬきというにはコシが足らず
釜玉なら、めんむすのが美味しいなあというかんじでした
●徳川美術館(企画展:徳川家康と戦国の戦い)
新発見・初公開のオンパレード
複製のほうがむしろすくなく
ほとんど現物ばっかりで
ここはいつ来てもすごいなあ・・・
江戸時代のものもたくさんあり
現代に近付くにつれてデザインも
どんどんいまっぽさを増していく気がします(詳しくはないので、あくまで感想)
殿の刀とおおたにさんの短刀は
隣どうしで並んでいました
400ねんの時を超えてこういう形で隣あわせになろうとは
なんと数奇な運命
あと、松平忠吉(家康4男)が、関ヶ原合戦で着用した鎧と、纏(馬印みたいの)がありました
こいつらはあの戦場にいたのだな・・・と思うと寒気がした
最後のほうに、大阪の陣で焼けた瓦が展示してありました
豊臣政権のなれの果てを見た気がしました
●徳川園
凄絶にヤブ蚊に刺されました
結局ぜんぶで20箇所くらい刺された
●夜(ひつまぶし)
矢場とんに行きたくて支店も巡ったけど人がいすぎて無理だった
駅地下の、味噌煮込みも味噌カツも出してるお店のひつまぶし
まあ、うまくは・・・ないです
うまいうなぎが食べたいものじゃ
東京から来た友人が、じゃがりこの手羽先味がほしいというのですが売り切れで
でもあちこちの土産物屋を探したら・・・「あったー!」
よかった、殿が笑った
なかんじで心置きなくお帰りになられました
たくさん歩いたので日焼けもしたけど
蓮とかほおずきとか朝顔とかもみじの葉とか
たくさん植物も見ることができて、よかった
あと友人に教えてもらって国盗りもはじめましたー!
いま、15国制覇の足軽です
湖の支配する近江の国がどうにも好きです
琵琶湖の、あれだけ大きいのに海ではないところ
海にはなり得ないところに
惹かれるのかも知れません
史跡を巡るたびは
空間の移動とともに
時空までも超えて
私をここではないどこかへと
連れ去ってしまうのです
果てしなく疲れたけど・・・濃い旅だった!
すてきな同志さまと、戦国塗れの2日間
日々の煩わしいことなにも考えないで、ただただ、むかしに浸ってきました
現実に戻ってこれないよ・・・
前日は楽しみすぎて眠れず帰宅後は遊び疲れて眠る
そんなときを過ごすのは小学生のころ以来で、石田三成に出会ってからだと、おもいます
19日
●観音寺城
城跡は結局見てないのかな・・・?
でも石垣を見ました、100名城スタンプも押せました
蓮池があった!
寺はそれほど広くない敷地に、石像とか所狭しとあって「なんだかいっぱいいるなあ」という印象
●安土城
石段も石垣も、全部現存なんですよね
すごすごる・・・
スタンプが増えて満足
秀吉と利家のお隣さんっぷりを目の当たりにしました
蘭丸の屋敷跡はすたれていた・・・発掘調査してあげて・・・
●昼(信長の館)
信長ハンバーグ(近江牛のハンバーグ)
とても柔らかいのだが・・・ハンバーグは固めが好きかも;
信長は興味深いひとなんですが、すごすぎてなかなか、親近感が沸かないのだよ・・・
●北近江歴史大学(テーマ:石田三成と佐和山城)
今日のメインイベント
このために来たよ・・・ちょう面白かった
あの先生好きだー
結局、石田三成が佐和山城に入ったのはいつだったのか?というのが主題でした
ちょっといま資料が手元にないので書けない・・・あとで追記します
京都所司代をつとめていた、というのをやたら強調するので新説かと思いきや
帰って調べたらwikiにも載っていた・・・もう通説になっているのかしら
関ヶ原合戦を起こした理由は、一発逆転のためだったのでは、という話には参加者のみなさん納得いかないご様子・・・やっぱり、義を重んじたひとだと信じていて、だから好きで、あぁいうところにも来ている人にとっては衝撃ですよね
そうだなあ私は・・・いろんな理由があったと思います
政治の実権を握るという現実的な考えとともに
いちばんよかった時代への未練とか、自分のつくりあげてきたものが崩れていくのを我慢できなかったのだとか
そういう感情的な部分もあったんじゃないかと
まあ、怒り・・・ですよね
そういう衝動じゃないとあれだけのことは、なかなか出来ない気が
あと、領民にとって、良い領主だったという話が最後にちらっとあって
嬉しくて涙ぐんでしまった・・・
日夜たくさんの史料を読んで研究していらっしゃる人の言葉は私にとって重い
史料をもとに、推理して、史実の隙間を埋めていくのはたのしそう
ほんとうは、おねね様が関ヶ原合戦のとき、どういう立場でいたのかを
学会ではどういう見解になっているのか
先生のお考えはどうなのか
聞きたかったけど、聞けませんでした(チキン)
●長浜城(企画展:関ヶ原合戦と石田三成)
企画展初日であったためか駐車場がいっぱいでした
前来たときより展示内容がめちゃめちゃグレードアップしてるんですけど・・・
左近の書状が・・・まだあったー!
ありがとう長浜!
ここの最上階から見る景色が好きなんです
琵琶湖を掌握している気分になれる
最後に湖岸のあたりを走ったのでそのときも湖をみることができたし
これでもう思い残すこともなく近江の国をあとにしました
●夜(戦国居酒屋)
ここはコンセプト居酒屋なのに、お酒も料理もそれなりに美味しいのが素晴らしい
文句なし
欲を言えば個室が欲しいところではありますが
忙しかったらしく、刀のマドラーでかき混ぜてくれなかったので、お願いしてやってもらいました
でかい胡椒ひきがどうにも大筒に見えて直視できませんでした
考えることはみな同じ・・・
そんでまたやっちまったな!なことに
楽しくって飲みすぎてしまってですね
折角終電乗ったのに
降りる駅を寝過ごしてタクシーで帰るハメに
家に着いたらかばんから大量のティッシュと見知らぬうちわが出てきて
なんだこりゃ?と記憶を辿ったら
そういやタクシーの運ちゃんにもらったのでした
20日
●桶狭間巡り
・大高城
・鷲津砦
・丸根砦
・桶狭間古戦場
事前に勉強しといてよかった・・・
読む暇がなく、恥も外聞もなく通勤電車の中で「戦乱の日本史」を開いた日々
全てはこの時のために!
関ヶ原合戦の、あの間延びしたかんじとはまた違う
緊迫感のあるカードの切りあい
結果、制したのは信長ですが
義元も・・・死に方ひとつだけをクローズアップされ、これだけ評価が決まってしまうのは、哀れ
たぶん学会とかでは、それほど評価は低くないと想うんですが・・・予想ですが・・・
一般的なイメージももっと向上していくといい
駅に向かい途中、通り抜けた公園で「あそこで一服しよう」と友人が指差した先を見ると
なんとアンパンマンの形をしたゴーカート・・・しかも有料
いや、それは、ちょっと!?と渋る私でしたが、よく見るとその後ろに
保護者が待機するためのパイプ椅子が用意されていたのでした(笑)
●昼(きしめん)
きしめん屋でさぬきうどんの釜玉を頼む私
前にも伊勢うどんのお店でラーメンをたのんだっけなあ・・・
お味は・・・うーんさぬきというにはコシが足らず
釜玉なら、めんむすのが美味しいなあというかんじでした
●徳川美術館(企画展:徳川家康と戦国の戦い)
新発見・初公開のオンパレード
複製のほうがむしろすくなく
ほとんど現物ばっかりで
ここはいつ来てもすごいなあ・・・
江戸時代のものもたくさんあり
現代に近付くにつれてデザインも
どんどんいまっぽさを増していく気がします(詳しくはないので、あくまで感想)
殿の刀とおおたにさんの短刀は
隣どうしで並んでいました
400ねんの時を超えてこういう形で隣あわせになろうとは
なんと数奇な運命
あと、松平忠吉(家康4男)が、関ヶ原合戦で着用した鎧と、纏(馬印みたいの)がありました
こいつらはあの戦場にいたのだな・・・と思うと寒気がした
最後のほうに、大阪の陣で焼けた瓦が展示してありました
豊臣政権のなれの果てを見た気がしました
●徳川園
凄絶にヤブ蚊に刺されました
結局ぜんぶで20箇所くらい刺された
●夜(ひつまぶし)
矢場とんに行きたくて支店も巡ったけど人がいすぎて無理だった
駅地下の、味噌煮込みも味噌カツも出してるお店のひつまぶし
まあ、うまくは・・・ないです
うまいうなぎが食べたいものじゃ
東京から来た友人が、じゃがりこの手羽先味がほしいというのですが売り切れで
でもあちこちの土産物屋を探したら・・・「あったー!」
よかった、殿が笑った
なかんじで心置きなくお帰りになられました
たくさん歩いたので日焼けもしたけど
蓮とかほおずきとか朝顔とかもみじの葉とか
たくさん植物も見ることができて、よかった
あと友人に教えてもらって国盗りもはじめましたー!
いま、15国制覇の足軽です
湖の支配する近江の国がどうにも好きです
琵琶湖の、あれだけ大きいのに海ではないところ
海にはなり得ないところに
惹かれるのかも知れません
史跡を巡るたびは
空間の移動とともに
時空までも超えて
私をここではないどこかへと
連れ去ってしまうのです
松本城
2008年05月05日
日帰り、しかもバスなんて無謀でした・・・
イベントの準備に終われ、旅の手筈を整えられず
なんの計画もなく、飛び乗ったかんじで大失敗でした
朝なんとか起きて、一冊だけあったガイドブックを手に乗車
移動中に読み漁って、それを参考におそばを食べに行きました
○割というのは、そば粉をどれだけ使っているか、ということです
たとえば8割だったら、残りの2割は小麦粉などをつなぎに使っているそうです
場所は「浅田」
店は若干混んでますがまあ許容範囲
枚数限定の「十割そば」を頼みました
味は・・・そば自体の味が薄めと言うか、そば粉の味があんまししないんですよね
ただこれは好みもありますので・・・
あと薄味を美味しいと思える舌を私が持ってないという(^^;
決してまずくはないのですが・・・
そば湯もすごく美味しかったですが・・・
女将さん?の対応はすごく良く、混んでいて忙しいのに素晴らしいなあって思いました
他にも気になった蕎麦屋たくさん!
・井川城(井川城跡)
・弁天
・
そしてなんと言っても、1位は「野麦」
中町通りにあるそうです
ここあんましガイドブックとかにも載っていないんです
それにも関わらず、サラリーマンの行列ができるという
自分も勤め人の立場から言わせてもらうと、ランチにサラリーマンが何度も足を運ぶ店って本当に美味しいところなんですね
今回は無難に有名店に行きましたがここは、是非いつか行ってみたいなあーって思いました
しかしほんとうに美味しいの食べようと思ったら水の綺麗な高原にまで足を伸ばしたがよいかも知れません
安曇野とかね
そのあたりは、旅の予定に合わせてご検討下さい
そんでそのあと、昔ながらの商店街「ナワテ通り」などを見つつ、松本城へ
行ったはいいんですが・・・
なんとGWで天守の閲覧に待ち時間ができており、帰りのバスの時間の都合で、中が見れなかったのです;
なにしに行ったのか・・・
ここまで来て、目の前にあるのに入れないなんて、どんな焦らしプレイ!
いやでも下調べしていかなかった自分が悪い、それにするひまもなかった正直
しょうがない
仕方ないので敷地内を少し見て、資料館に行ったら、なんだかすごいものが
もうね大筒とかのレベルじゃないんです
これ書いていいのかな・・・
「男根」
いやほんと、まんまなんですけど
木彫りの、1mくらありそうな男根がどーんと、しかも大きさ様々に、何本も実物展示
それと、それを抱いてる子供の写真
えーと・・・
なにをどうすればいいのかな
あからさますぎて、いじりようがありません
笑うこともできません
ただただ、固まっていました
帰ってから調べてみたところ
地域の行事らしいです
子供達がこれを持って家々の窓から中へと投げ入れるそうです
あと男根みこしを担いで街を練り歩くんだそうです
へええ・・・
へええ・・・
皆様にも、是非見て微妙な気持ちになってほしいです
松本城は美しかったです(外観ね)
黒いからかな、威風堂々としたかんじ
でも売り出す武将がいないのは市としてはつらいところですね
帰りは昔ながらの喫茶店「まるひ珈琲」でケーキセットを頼みました♪
オリジナルブレンドは・・・若干、酸っぱいかな
でもこれも好みですからね
レアチーズケーキは、上にかかってるブルーベリージャムがさすがに美味しかったー
ブルーベリーは安曇野特産です♪
お土産は、野沢菜じゃがりこと、野沢菜と、そしてそして!
信濃ワインを買いましたー♪
国産ワインは全体的に海外のものより飲みやすいらしいですが、その中でも軽そうなのを選びました
ほんとうはワイナリーに行って飲み比べたいところでしたが時間がなくこれも行けませんでした;
松本だったら、駅から車で2、30分のところに「山辺ワイナリー」というものがあります
こちらはレストランも併設されているそうです♪
ほか、ジャムや蕎麦もおすすめです♪
イベントの準備に終われ、旅の手筈を整えられず
なんの計画もなく、飛び乗ったかんじで大失敗でした
朝なんとか起きて、一冊だけあったガイドブックを手に乗車
移動中に読み漁って、それを参考におそばを食べに行きました
○割というのは、そば粉をどれだけ使っているか、ということです
たとえば8割だったら、残りの2割は小麦粉などをつなぎに使っているそうです
場所は「浅田」
店は若干混んでますがまあ許容範囲
枚数限定の「十割そば」を頼みました
味は・・・そば自体の味が薄めと言うか、そば粉の味があんまししないんですよね
ただこれは好みもありますので・・・
あと薄味を美味しいと思える舌を私が持ってないという(^^;
決してまずくはないのですが・・・
そば湯もすごく美味しかったですが・・・
女将さん?の対応はすごく良く、混んでいて忙しいのに素晴らしいなあって思いました
他にも気になった蕎麦屋たくさん!
・井川城(井川城跡)
・弁天
・
そしてなんと言っても、1位は「野麦」
中町通りにあるそうです
ここあんましガイドブックとかにも載っていないんです
それにも関わらず、サラリーマンの行列ができるという
自分も勤め人の立場から言わせてもらうと、ランチにサラリーマンが何度も足を運ぶ店って本当に美味しいところなんですね
今回は無難に有名店に行きましたがここは、是非いつか行ってみたいなあーって思いました
しかしほんとうに美味しいの食べようと思ったら水の綺麗な高原にまで足を伸ばしたがよいかも知れません
安曇野とかね
そのあたりは、旅の予定に合わせてご検討下さい
そんでそのあと、昔ながらの商店街「ナワテ通り」などを見つつ、松本城へ
行ったはいいんですが・・・
なんとGWで天守の閲覧に待ち時間ができており、帰りのバスの時間の都合で、中が見れなかったのです;
なにしに行ったのか・・・
ここまで来て、目の前にあるのに入れないなんて、どんな焦らしプレイ!
いやでも下調べしていかなかった自分が悪い、それにするひまもなかった正直
しょうがない
仕方ないので敷地内を少し見て、資料館に行ったら、なんだかすごいものが
もうね大筒とかのレベルじゃないんです
これ書いていいのかな・・・
「男根」
いやほんと、まんまなんですけど
木彫りの、1mくらありそうな男根がどーんと、しかも大きさ様々に、何本も実物展示
それと、それを抱いてる子供の写真
えーと・・・
なにをどうすればいいのかな
あからさますぎて、いじりようがありません
笑うこともできません
ただただ、固まっていました
帰ってから調べてみたところ
地域の行事らしいです
子供達がこれを持って家々の窓から中へと投げ入れるそうです
あと男根みこしを担いで街を練り歩くんだそうです
へええ・・・
へええ・・・
皆様にも、是非見て微妙な気持ちになってほしいです
松本城は美しかったです(外観ね)
黒いからかな、威風堂々としたかんじ
でも売り出す武将がいないのは市としてはつらいところですね
帰りは昔ながらの喫茶店「まるひ珈琲」でケーキセットを頼みました♪
オリジナルブレンドは・・・若干、酸っぱいかな
でもこれも好みですからね
レアチーズケーキは、上にかかってるブルーベリージャムがさすがに美味しかったー
ブルーベリーは安曇野特産です♪
お土産は、野沢菜じゃがりこと、野沢菜と、そしてそして!
信濃ワインを買いましたー♪
国産ワインは全体的に海外のものより飲みやすいらしいですが、その中でも軽そうなのを選びました
ほんとうはワイナリーに行って飲み比べたいところでしたが時間がなくこれも行けませんでした;
松本だったら、駅から車で2、30分のところに「山辺ワイナリー」というものがあります
こちらはレストランも併設されているそうです♪
ほか、ジャムや蕎麦もおすすめです♪
関ヶ原古戦場
2008年04月13日
そんなかんじで資料館をあとに
ここからはレンタサイクルで回りました(資料館で借りることができます!)
まずは決戦地を横目に、散りかけの桜で淡いピンクの笹尾山へ
石田陣営は、嶋隊を前方に、蒲生隊を中間に、そして後方に殿、という配置です
笹尾山は意外に低かった
私達は頂上でお昼を食べたんですけど、ひっきりなしに観光客が訪れていました
それと、野に咲いた花のおかげで、どうにものどかで・・・
ここで戦があったのだとは、ここで殿が指揮をしたのだとは、どうしても思えませんでした
友達の持ってきてくれた三色だんごでお花見気分です♪
お昼のあと、山をくだって島津義久陣跡~小西行長陣跡へ
小西の陣跡は、ロケーションが素晴らしかった・・・!
向かいに、大きな桜の木があるんですけど、風が吹くと花びらが散り掛かって、なんとも美しいのです
そして切ないのです・・・
この美しい光景を見たあとに、宇喜田さんの陣跡に行くと、そのギャップに驚きます
鬱蒼とした木々のなかにひっそりとあり・・・しかも強風のためかのぼりが折れてるー!
ちょっと!やめてあげて!!
まるで敗戦の将みたいな・・・(いや事実そうなんだけど)
なんだかもう無残な折れ方してましたよ
しかし、のぼりが折れているごときで驚いてはいけなかった
このあと大谷さんのお墓方面へは、ダムに架かった橋を越えねばならないのですが
その際、自転車を担いで斜面を階段で上らねばならないのです
しかも結構な段数!
すいません正直無理でした
皆に助けてもらいまくり;
あっもちろん迂回路はあります
私達は最短距離で行こうとしたからです
しかも大谷さんのお墓は結構な山の中なのですが
ここが、熊が出るという噂のポイントその1です
まず入口に熊注意!の看板
いざ中へ入ると・・・うわーなんだこりゃ
ビニールテープが一面、張り巡らされています
恐らく、熊が近付いたとき、音で分かるようにだと思いますが怖いよ!
びくびくしながらもたどり着きお参りを済ませました
でもこんな場所にあってもいつも新しいお花が供えられているそうです
そして最後に松尾山
熊ポイントその2
結構な山で、30分は登りました
前に友達が来たときは、途中にある看板が小早川の旗で隠れてしまっていたらしく、迷ったそうです
小早川の陰謀だ!と怒っていました(笑)
頂上には山城があったらしいですが、破却されていまはなにも残っていません(素人目には)
最近読んだある本には、殿たちはここに、ほんとうは秀頼公を入れるつもりだったのでは・・・
それが、小早川が勝手に入ってしまったのでは・・・と書いてありました
もし秀頼公が戦場にいたら、きっと戦況は一変していたのだろうな
関ヶ原合戦は、結果東軍の大勝利ですけど
家康だって、余裕綽々なわけではなかっただろうな、と実際行ってみて思いました
真後ろ(南宮山)の兵が、いまにも駆け下りて来ないという、100%の保障はないわけです
どれだけ密書を送っても、どれだけ密約を結んであっても、土壇場で、誰が血迷うかもわからない
誰が裏切るかもわからないわけですからね
若干、足りないかんじがしているのでもう一度くらい行こうかと思っています
ここからはレンタサイクルで回りました(資料館で借りることができます!)
まずは決戦地を横目に、散りかけの桜で淡いピンクの笹尾山へ
石田陣営は、嶋隊を前方に、蒲生隊を中間に、そして後方に殿、という配置です
笹尾山は意外に低かった
私達は頂上でお昼を食べたんですけど、ひっきりなしに観光客が訪れていました
それと、野に咲いた花のおかげで、どうにものどかで・・・
ここで戦があったのだとは、ここで殿が指揮をしたのだとは、どうしても思えませんでした
友達の持ってきてくれた三色だんごでお花見気分です♪
お昼のあと、山をくだって島津義久陣跡~小西行長陣跡へ
小西の陣跡は、ロケーションが素晴らしかった・・・!
向かいに、大きな桜の木があるんですけど、風が吹くと花びらが散り掛かって、なんとも美しいのです
そして切ないのです・・・
この美しい光景を見たあとに、宇喜田さんの陣跡に行くと、そのギャップに驚きます
鬱蒼とした木々のなかにひっそりとあり・・・しかも強風のためかのぼりが折れてるー!
ちょっと!やめてあげて!!
まるで敗戦の将みたいな・・・(いや事実そうなんだけど)
なんだかもう無残な折れ方してましたよ
しかし、のぼりが折れているごときで驚いてはいけなかった
このあと大谷さんのお墓方面へは、ダムに架かった橋を越えねばならないのですが
その際、自転車を担いで斜面を階段で上らねばならないのです
しかも結構な段数!
すいません正直無理でした
皆に助けてもらいまくり;
あっもちろん迂回路はあります
私達は最短距離で行こうとしたからです
しかも大谷さんのお墓は結構な山の中なのですが
ここが、熊が出るという噂のポイントその1です
まず入口に熊注意!の看板
いざ中へ入ると・・・うわーなんだこりゃ
ビニールテープが一面、張り巡らされています
恐らく、熊が近付いたとき、音で分かるようにだと思いますが怖いよ!
びくびくしながらもたどり着きお参りを済ませました
でもこんな場所にあってもいつも新しいお花が供えられているそうです
そして最後に松尾山
熊ポイントその2
結構な山で、30分は登りました
前に友達が来たときは、途中にある看板が小早川の旗で隠れてしまっていたらしく、迷ったそうです
小早川の陰謀だ!と怒っていました(笑)
頂上には山城があったらしいですが、破却されていまはなにも残っていません(素人目には)
最近読んだある本には、殿たちはここに、ほんとうは秀頼公を入れるつもりだったのでは・・・
それが、小早川が勝手に入ってしまったのでは・・・と書いてありました
もし秀頼公が戦場にいたら、きっと戦況は一変していたのだろうな
関ヶ原合戦は、結果東軍の大勝利ですけど
家康だって、余裕綽々なわけではなかっただろうな、と実際行ってみて思いました
真後ろ(南宮山)の兵が、いまにも駆け下りて来ないという、100%の保障はないわけです
どれだけ密書を送っても、どれだけ密約を結んであっても、土壇場で、誰が血迷うかもわからない
誰が裏切るかもわからないわけですからね
若干、足りないかんじがしているのでもう一度くらい行こうかと思っています
関ヶ原資料館
2008年04月13日
遅ればせながら関ヶ原へ行ってまいりました
桜の舞い散る季節に行けたのは幸運ですね
実はつい先日、JRの主催する、「さわやかウォーキング」の開催地が関ヶ原だったんですが、熊の目撃情報があったため、中止になっているんです
それなのに行きました(笑)
同志がみんな武者ぞろいで「大丈夫大丈夫」と言い切るもので
私ひとりが本気で怖くて、熊よけの鈴とホイッスル持っていきましたよ
盆地を、自転車で回るのだと聞いていて、かなりきついかと思っていましたが、ちゃんと回りやすいように整備?されているのですねー!
なぜか関ヶ原町には何もないのだと思い込んでいたのですが
昔のままの、原っぱかと思いきや、住宅地なのですね
その中に陣跡が点在しているかんじです
ちょっと、予想と違いました
今回、初出陣なので、基本の西軍コースで回りました
関ヶ原資料館→決戦地→嶋左近陣跡→石田三成陣跡→笹尾山で昼食→島津義久陣跡→小西行長陣跡→宇喜田秀家陣跡→大谷吉継・湯浅五助の墓→大谷吉継陣跡→松尾山→徳川家康最後陣跡
まず関ヶ原資料館
これは・・・資料としてはどこまでほんとうなのか・・・
いや決して非難しているわけでなく
例えば殿の財布とかあったんですけど、挿話がもはや伝説めいていました
殿が伊吹山を敗走するとき、道案内をした村人に、礼として贈ったものだとか;
そんな中、左近の文書があり、それには「これは信憑性が高い!」と書いてあったので、一見の価値ありだと思います
ほかまぁ、大筒とか(笑)出土品とか
それと300周年祭のときに撮影されたらしい、陣跡の写真がありました
300年周祭があったんだ・・・!
すごい!!
ちなみに「関ヶ原合戦400周年祭」はついこの間でしたが、行きたかったですね・・・!!
東西両軍の行軍!見たかったです・・・!!
500年祭のときはもう生きてないしなあ;
2階には関ヶ原合戦に参戦した主な武将のプロフィールが掲示されており、そこには当時の年齢も書かれています
目を引くのは、やはり小早川秀秋の19歳と、宇喜田さんの余生がその後50年ほど続くこと(笑)
余談ですが、私は、金吾少年が嫌いじゃないです
むしろ最近は同情すら覚えます
だってたった19歳で、そんな子供が、重臣の助けもあったにせよ、歴史を動かす選択を迫られるわけです
その2年後に亡くなっていることも、関ヶ原合戦と無関係ではなさそうだ、というのが通説だし、私もそう思います
その苦悩を思うと・・・もうなんというか・・・
「小早川の寝返り」として、400年も語り継がれるという形で、彼は責任を取ることになった
そろそろ、許されてもいいんじゃないでしょうか
もうひとつ余談で申し訳ないですが
吉川広家
この人も、興味深い
関ヶ原ものの物語に書かれている、この人の奔走は必死さを感じさせるものがあります
それなのに合戦後
毛利の所領は没収
その一部が吉川自身に与えられることとなる
彼は、それを必死で辞退して、どうか毛利家の領地としてほしいと願い出ます
この人は、家康にいいように利用された人という印象が強いですが
まあ事実そうかも知れませんが
でもこの人がいなければ、結果的に毛利家は取り潰しだったんじゃないでしょうか
いままさに合戦が行われている中
出陣の要請に向かい「これから弁当を食べる」って言うんですよ
言い続けるんですよ
どんな根性ですか・・・
動かないのも、ひとつの戦いだと
私には、この人が家を思う気持ちと、殿が豊家を思う気持ちに、なんら違いがあるとは思えません
知人曰く、「殿は、きっともうじゅうぶんだと思っているんじゃないかな」とのことです
自分はもうじゅうぶん評価された
次は他の、歴史に埋もれた人物を、再評価してほしいと・・・
そんなかんじで資料館をあとに・・・する前に気になるのがお土産
家でお酒を飲まないくせに、ぐい飲みを買ってしまった私です:
黒に金字が映えるんだ!
しかも、ないと思っていた下がり藤の方があったので、即断即決で買いました
それと、武将シール!
これは別に欲しくなかったんですが・・・10枚買うとシークレットがつくと係の方に言われ、買いました
この商売上手めが!(笑)
シークレットが誰のシールだったのかは、内緒
営業妨害になってしまうので
あっあと、嶋左近の本!
フィールドワークをまとめたもの
ここにしかない、というので買いましたー
読むのが楽しみです・・・!
ここの資料館は新商品の開発にもとても熱心でいらっしゃいました
活気があって素敵です♪
桜の舞い散る季節に行けたのは幸運ですね
実はつい先日、JRの主催する、「さわやかウォーキング」の開催地が関ヶ原だったんですが、熊の目撃情報があったため、中止になっているんです
それなのに行きました(笑)
同志がみんな武者ぞろいで「大丈夫大丈夫」と言い切るもので
私ひとりが本気で怖くて、熊よけの鈴とホイッスル持っていきましたよ
盆地を、自転車で回るのだと聞いていて、かなりきついかと思っていましたが、ちゃんと回りやすいように整備?されているのですねー!
なぜか関ヶ原町には何もないのだと思い込んでいたのですが
昔のままの、原っぱかと思いきや、住宅地なのですね
その中に陣跡が点在しているかんじです
ちょっと、予想と違いました
今回、初出陣なので、基本の西軍コースで回りました
関ヶ原資料館→決戦地→嶋左近陣跡→石田三成陣跡→笹尾山で昼食→島津義久陣跡→小西行長陣跡→宇喜田秀家陣跡→大谷吉継・湯浅五助の墓→大谷吉継陣跡→松尾山→徳川家康最後陣跡
まず関ヶ原資料館
これは・・・資料としてはどこまでほんとうなのか・・・
いや決して非難しているわけでなく
例えば殿の財布とかあったんですけど、挿話がもはや伝説めいていました
殿が伊吹山を敗走するとき、道案内をした村人に、礼として贈ったものだとか;
そんな中、左近の文書があり、それには「これは信憑性が高い!」と書いてあったので、一見の価値ありだと思います
ほかまぁ、大筒とか(笑)出土品とか
それと300周年祭のときに撮影されたらしい、陣跡の写真がありました
300年周祭があったんだ・・・!
すごい!!
ちなみに「関ヶ原合戦400周年祭」はついこの間でしたが、行きたかったですね・・・!!
東西両軍の行軍!見たかったです・・・!!
500年祭のときはもう生きてないしなあ;
2階には関ヶ原合戦に参戦した主な武将のプロフィールが掲示されており、そこには当時の年齢も書かれています
目を引くのは、やはり小早川秀秋の19歳と、宇喜田さんの余生がその後50年ほど続くこと(笑)
余談ですが、私は、金吾少年が嫌いじゃないです
むしろ最近は同情すら覚えます
だってたった19歳で、そんな子供が、重臣の助けもあったにせよ、歴史を動かす選択を迫られるわけです
その2年後に亡くなっていることも、関ヶ原合戦と無関係ではなさそうだ、というのが通説だし、私もそう思います
その苦悩を思うと・・・もうなんというか・・・
「小早川の寝返り」として、400年も語り継がれるという形で、彼は責任を取ることになった
そろそろ、許されてもいいんじゃないでしょうか
もうひとつ余談で申し訳ないですが
吉川広家
この人も、興味深い
関ヶ原ものの物語に書かれている、この人の奔走は必死さを感じさせるものがあります
それなのに合戦後
毛利の所領は没収
その一部が吉川自身に与えられることとなる
彼は、それを必死で辞退して、どうか毛利家の領地としてほしいと願い出ます
この人は、家康にいいように利用された人という印象が強いですが
まあ事実そうかも知れませんが
でもこの人がいなければ、結果的に毛利家は取り潰しだったんじゃないでしょうか
いままさに合戦が行われている中
出陣の要請に向かい「これから弁当を食べる」って言うんですよ
言い続けるんですよ
どんな根性ですか・・・
動かないのも、ひとつの戦いだと
私には、この人が家を思う気持ちと、殿が豊家を思う気持ちに、なんら違いがあるとは思えません
知人曰く、「殿は、きっともうじゅうぶんだと思っているんじゃないかな」とのことです
自分はもうじゅうぶん評価された
次は他の、歴史に埋もれた人物を、再評価してほしいと・・・
そんなかんじで資料館をあとに・・・する前に気になるのがお土産
家でお酒を飲まないくせに、ぐい飲みを買ってしまった私です:
黒に金字が映えるんだ!
しかも、ないと思っていた下がり藤の方があったので、即断即決で買いました
それと、武将シール!
これは別に欲しくなかったんですが・・・10枚買うとシークレットがつくと係の方に言われ、買いました
この商売上手めが!(笑)
シークレットが誰のシールだったのかは、内緒
営業妨害になってしまうので
あっあと、嶋左近の本!
フィールドワークをまとめたもの
ここにしかない、というので買いましたー
読むのが楽しみです・・・!
ここの資料館は新商品の開発にもとても熱心でいらっしゃいました
活気があって素敵です♪
再会イベント
2008年04月06日
いしだみつにゃんとしまさこにゃんの再会イベントに参加してきました!
いま帰ったところですが、忘れないうちに感想をざっくりとでも
まず前日は楽しみでなかなか寝付けず・・・
せっかくだから徹夜でOROCHIやろうかと思ったけど、そんなに若くないなと思ってやめときました
当日は快晴
しかし、電車で滋賀の方に移動するにつれ桜は蕾になっていく・・・
あっちの方は開花が遅いのだとか
うーん残念
登山口には、殿がおわします
いつか、友達と一緒に行くはずが、私だけ行けなくなったとき
一人で行った友達に、殿は「待っておるぞよ」と私に伝えておくよう、言ったそうです
その殿に、遅くなり申した、とご挨拶
気分はすっかり石田家家臣団
佐和山登山は、各方面からハンパないと聞かされていて、相当な覚悟をしていたので、思ったよりは大したことなかった
とか言ってたら滑ってこけましたけどねー;
山頂もやはり、桜は、まだ
まず最初に三成研究家の方からお話が・・・っていうか何それ!それ職業?
めっちゃ就きたいんですけど
前から、佐和山主従という職業はないだろうかと探していたんです(どうかしている)
というかあの方とお茶して、じっくりと色んなお話が聞きたいと思いました
そして肝心の再会イベント
史実好きな私にとっては、デリケートな問題で(笑)その詳細はサイトの日記に書いたとおりなんですけど
そして複雑な心境のままに、参加したのですけど
いい意味で、そんなこと心配するまでもなかったかんじです
とっても、ファンシーでした
まずさこにゃんが出てきて、あとからみつにゃんが出てきて、会えたねーきゃーみたいな!
もっと寸劇とかやって湿っぽいかんじになるのだと思っていたので、からっとしていて良かったです
というかこの日、驚くほどに無双のふたりのことも史実のふたりのことも思い出してない(笑)
あの可愛らしくて愛想のよい二匹の着ぐるみは、殿と左近にはどうにも重ねられず
それは、それで、よかったです
実はおちょこと日本酒を持っていて頂上で飲むつもりだったのですが(花見酒!)
日本酒が、ワンカップ大関しか用意できなかったので、空けたら最後
飲み干す自信がなく、やめておきました
おちょこを構えて写真を取って気分だけ出しました
あと殿ののぼりを持たせてもらって、写真取らせてもらった
ほんとに家臣になったみたいで、嬉しかった・・・!
午後は、下山して、まず昼食
そうそう、下山する私たちと入れ替わりに登っていく、年配者の一団がありました
ここは、普通のハイキングコースとしても、そこそこにぎわっているんでしょうか
もしそうだとしたら、嬉しいですね
殿の城跡が皆に愛されているなら、ものすごく嬉しいです
お弁当はこの日のために用意された特製べんとう
包んである風呂敷が、特注のやつなのです
中央に「再会」の文字がでかでかと!
そのあとゲーム大会
歌に合わせて踊るさこにゃんの腰つきが、若干卑猥です(笑)
しかも確信犯!
そこだけ無双の左近と重なりました、不名誉なことに
じゃんけん大会は一回だけ勝ち進んで商品頂きました!
さこにゃんの月見マグカップ!・・・とブロッコリーとベンチシート(笑)
協賛の郵便局と八百屋さん?が大量にブロッコリーとベンチシートをくれたらしく
さこにゃん・みつにゃんグッズにくっつけての、セット販売みたいにして配っていました
最後らへんは景品ももう、お弁当とかペットボトルとかになってきて、カオスでした(笑)
焼き鯖とかエイひれとかもあったよ
渡してもらう瞬間、さこにゃんにもふもふしてもらいました、幸せすぎる
最後のゲームでは私は宇喜多さんを引き当て、義レンジャイなかんじのポーズでのぼりの前で写真を取りました
あ、説明はしょってるのでワケ分からないですね(^^;
全体として
今回のイベントは、真面目に史実好きの人に向けてのものというより
佐和山主従好きな皆で集まってお祭りしよう、というような趣旨なのかなあって思いました
実際私も何人かで集まって行ったので、ワイワイできて楽しかったです
殿と左近は、今頃
私達の突然の襲来に驚きつつ
顔を合わせて苦笑しつつ
夜桜を眺めて、ふたりだけの、ささやかな酒宴を催しているのだと思います
祭りのあとの静けさというか
しんと、静まり返った天守跡で
見上げる月は、四百年前と何一つ変わらないのに
山頂からの眺めの中に、月光に照らされた彦根城を見つけてしまったりして
時の流れを感じて、切なくなる
そんな殿かも知れません
静かに眠っている二人の土地で
騒いでしまってごめんなさいと
思う気持ちも、少しあります
でも、隣に左近がいるから、きっと大丈夫です
殿が佐和山にいた期間は長くないけど
最後に還る場所は、きっとあそこだろうと思うのです
殿は佐和山の地が大好きだったと思うのです
そりゃそうだ、だって自分の国ですもん!
こんなにも佐和山がにぎわうことは、もう二度とないかも知れない、と思うと同時に
これはほんとうの姿ではないんだろうなと思いました
ひとけのなくなった、なにひとつ痕跡の残っていない本当の佐和山の姿も、
いつかは一度見てみたいような
見なくてはいけないような
でも行くのが怖いような・・・
いま帰ったところですが、忘れないうちに感想をざっくりとでも
まず前日は楽しみでなかなか寝付けず・・・
せっかくだから徹夜でOROCHIやろうかと思ったけど、そんなに若くないなと思ってやめときました
当日は快晴
しかし、電車で滋賀の方に移動するにつれ桜は蕾になっていく・・・
あっちの方は開花が遅いのだとか
うーん残念
登山口には、殿がおわします
いつか、友達と一緒に行くはずが、私だけ行けなくなったとき
一人で行った友達に、殿は「待っておるぞよ」と私に伝えておくよう、言ったそうです
その殿に、遅くなり申した、とご挨拶
気分はすっかり石田家家臣団
佐和山登山は、各方面からハンパないと聞かされていて、相当な覚悟をしていたので、思ったよりは大したことなかった
とか言ってたら滑ってこけましたけどねー;
山頂もやはり、桜は、まだ
まず最初に三成研究家の方からお話が・・・っていうか何それ!それ職業?
めっちゃ就きたいんですけど
前から、佐和山主従という職業はないだろうかと探していたんです(どうかしている)
というかあの方とお茶して、じっくりと色んなお話が聞きたいと思いました
そして肝心の再会イベント
史実好きな私にとっては、デリケートな問題で(笑)その詳細はサイトの日記に書いたとおりなんですけど
そして複雑な心境のままに、参加したのですけど
いい意味で、そんなこと心配するまでもなかったかんじです
とっても、ファンシーでした
まずさこにゃんが出てきて、あとからみつにゃんが出てきて、会えたねーきゃーみたいな!
もっと寸劇とかやって湿っぽいかんじになるのだと思っていたので、からっとしていて良かったです
というかこの日、驚くほどに無双のふたりのことも史実のふたりのことも思い出してない(笑)
あの可愛らしくて愛想のよい二匹の着ぐるみは、殿と左近にはどうにも重ねられず
それは、それで、よかったです
実はおちょこと日本酒を持っていて頂上で飲むつもりだったのですが(花見酒!)
日本酒が、ワンカップ大関しか用意できなかったので、空けたら最後
飲み干す自信がなく、やめておきました
おちょこを構えて写真を取って気分だけ出しました
あと殿ののぼりを持たせてもらって、写真取らせてもらった
ほんとに家臣になったみたいで、嬉しかった・・・!
午後は、下山して、まず昼食
そうそう、下山する私たちと入れ替わりに登っていく、年配者の一団がありました
ここは、普通のハイキングコースとしても、そこそこにぎわっているんでしょうか
もしそうだとしたら、嬉しいですね
殿の城跡が皆に愛されているなら、ものすごく嬉しいです
お弁当はこの日のために用意された特製べんとう
包んである風呂敷が、特注のやつなのです
中央に「再会」の文字がでかでかと!
そのあとゲーム大会
歌に合わせて踊るさこにゃんの腰つきが、若干卑猥です(笑)
しかも確信犯!
そこだけ無双の左近と重なりました、不名誉なことに
じゃんけん大会は一回だけ勝ち進んで商品頂きました!
さこにゃんの月見マグカップ!・・・とブロッコリーとベンチシート(笑)
協賛の郵便局と八百屋さん?が大量にブロッコリーとベンチシートをくれたらしく
さこにゃん・みつにゃんグッズにくっつけての、セット販売みたいにして配っていました
最後らへんは景品ももう、お弁当とかペットボトルとかになってきて、カオスでした(笑)
焼き鯖とかエイひれとかもあったよ
渡してもらう瞬間、さこにゃんにもふもふしてもらいました、幸せすぎる
最後のゲームでは私は宇喜多さんを引き当て、義レンジャイなかんじのポーズでのぼりの前で写真を取りました
あ、説明はしょってるのでワケ分からないですね(^^;
全体として
今回のイベントは、真面目に史実好きの人に向けてのものというより
佐和山主従好きな皆で集まってお祭りしよう、というような趣旨なのかなあって思いました
実際私も何人かで集まって行ったので、ワイワイできて楽しかったです
殿と左近は、今頃
私達の突然の襲来に驚きつつ
顔を合わせて苦笑しつつ
夜桜を眺めて、ふたりだけの、ささやかな酒宴を催しているのだと思います
祭りのあとの静けさというか
しんと、静まり返った天守跡で
見上げる月は、四百年前と何一つ変わらないのに
山頂からの眺めの中に、月光に照らされた彦根城を見つけてしまったりして
時の流れを感じて、切なくなる
そんな殿かも知れません
静かに眠っている二人の土地で
騒いでしまってごめんなさいと
思う気持ちも、少しあります
でも、隣に左近がいるから、きっと大丈夫です
殿が佐和山にいた期間は長くないけど
最後に還る場所は、きっとあそこだろうと思うのです
殿は佐和山の地が大好きだったと思うのです
そりゃそうだ、だって自分の国ですもん!
こんなにも佐和山がにぎわうことは、もう二度とないかも知れない、と思うと同時に
これはほんとうの姿ではないんだろうなと思いました
ひとけのなくなった、なにひとつ痕跡の残っていない本当の佐和山の姿も、
いつかは一度見てみたいような
見なくてはいけないような
でも行くのが怖いような・・・
桶狭間戦記
2008年03月30日
ちょっと前ですけど
センゴクの桶狭間戦記読みました
素晴らしくおもしろかったです
私のなかにある今川義元のイメージって、まさにあんなの
かっこいいイメージなんですよ(単に見た目がじゃなく)
天才肌の哲学者
信長の先駆者なのかなあと
無双では「まろ」でちょっと悲しい思いをしていたので、こっちがかっこよく書いてくれてほんとうれしかったな
こういう複雑なキャラを漫画で書こうとするなんて宮下先生はすごい
破天荒なキャラだからこそ
広忠を見殺しにしたときの
落ち込みようが、悲しく映る・・・
それでも
情で衝動は抑えられないと
自分のなかにある使命のようなものにはやはり逆らえず
乱世を遊び抜くことを決めた今川義元
前代未聞の独立宣言により
真の戦国大名となった、
そして大人になった彼は今後どうなっていくのでしょうか
非常に続きが気になります!!
センゴクの桶狭間戦記読みました
素晴らしくおもしろかったです
私のなかにある今川義元のイメージって、まさにあんなの
かっこいいイメージなんですよ(単に見た目がじゃなく)
天才肌の哲学者
信長の先駆者なのかなあと
無双では「まろ」でちょっと悲しい思いをしていたので、こっちがかっこよく書いてくれてほんとうれしかったな
こういう複雑なキャラを漫画で書こうとするなんて宮下先生はすごい
破天荒なキャラだからこそ
広忠を見殺しにしたときの
落ち込みようが、悲しく映る・・・
それでも
情で衝動は抑えられないと
自分のなかにある使命のようなものにはやはり逆らえず
乱世を遊び抜くことを決めた今川義元
前代未聞の独立宣言により
真の戦国大名となった、
そして大人になった彼は今後どうなっていくのでしょうか
非常に続きが気になります!!
のぼうの城
2008年03月30日
わーーー
なんじゃこりゃ
みんなこれ読まなくて大丈夫ですか?
あんまし殿好きの方が読んでるのを聞かないのですが・・・
すっごい好きです、この殿が
まだ10ページくらいしか読んでないのに
胸がいっぱいで
どうしていいのか分かりません
一文一文に感想を添えたいくらい
読むのがもったいなくて先に進まない
沈んでいく、備中高松城に向かい、「俺もこんな戦がしたい」と叫ぶ殿
自分が治部に任命されても「当然だろう」と思うのに、秀吉が天下を取ったことは、大声で叫んで回りたい殿
この殿は私の頭の中の殿とめちゃくちゃ近いんですね
序章での、三成、大谷さん、長束正家のキャラクター紹介も分かりやすい
次に出てくるのぼう様の、のーんびりほのぼのしたかんじと、切れ者の三成の対比が鮮やか
接点なんてないように見える二人がいったいどう絡んでいくのか・・・
楽しみ!
関ヶ原の以前、秀吉全盛期の頃の殿がここに!
これはやばい
ほんまやばい
だいすきだ
読んでは続きを書いていきますー
なんじゃこりゃ
みんなこれ読まなくて大丈夫ですか?
あんまし殿好きの方が読んでるのを聞かないのですが・・・
すっごい好きです、この殿が
まだ10ページくらいしか読んでないのに
胸がいっぱいで
どうしていいのか分かりません
一文一文に感想を添えたいくらい
読むのがもったいなくて先に進まない
沈んでいく、備中高松城に向かい、「俺もこんな戦がしたい」と叫ぶ殿
自分が治部に任命されても「当然だろう」と思うのに、秀吉が天下を取ったことは、大声で叫んで回りたい殿
この殿は私の頭の中の殿とめちゃくちゃ近いんですね
序章での、三成、大谷さん、長束正家のキャラクター紹介も分かりやすい
次に出てくるのぼう様の、のーんびりほのぼのしたかんじと、切れ者の三成の対比が鮮やか
接点なんてないように見える二人がいったいどう絡んでいくのか・・・
楽しみ!
関ヶ原の以前、秀吉全盛期の頃の殿がここに!
これはやばい
ほんまやばい
だいすきだ
読んでは続きを書いていきますー
茶々ー天涯の貴妃(おんな)ー(映画)
2008年01月12日
お久しぶりの更新でございます
年末に「茶々」を見て参りました!
内容的には、淀殿の生涯をたどる、ってかんじなのかなあ?
三成は一度も出てきませんでしたよ・・・
良かったのは、秀吉です
秀吉がものすごい魅力的でよかった
身勝手なのになぜか周りの人に好かれる、そういうところが、すごく上手に描かれてました
こんなあるじのことを、三成は好きになったのかなあって、登場してきてない殿に思いを馳せました
ただつっこみどころも多数
ネタバレになるので、書きませんが
最後の爆破はないだろう(あっ書いちゃった)
全体的に、さらっと見て終わっちゃったかんじだなー
感想という感想があまりないや・・・
でも私は鎧やらお城やら出てきたらそれだけで楽しめるので、この映画は自分的にはかなり面白かったです
年末に「茶々」を見て参りました!
内容的には、淀殿の生涯をたどる、ってかんじなのかなあ?
三成は一度も出てきませんでしたよ・・・
良かったのは、秀吉です
秀吉がものすごい魅力的でよかった
身勝手なのになぜか周りの人に好かれる、そういうところが、すごく上手に描かれてました
こんなあるじのことを、三成は好きになったのかなあって、登場してきてない殿に思いを馳せました
ただつっこみどころも多数
ネタバレになるので、書きませんが
最後の爆破はないだろう(あっ書いちゃった)
全体的に、さらっと見て終わっちゃったかんじだなー
感想という感想があまりないや・・・
でも私は鎧やらお城やら出てきたらそれだけで楽しめるので、この映画は自分的にはかなり面白かったです
「三成供養祭(長浜市石田町)」
2007年11月25日
九曜紋の干菓子
石田神社
新幹線で米原まで行き、乗り換えて長浜に到着、そこからレンタサイクルで5キロとなかなかに長旅でした;
遠いんだ石田町・・・。
でも早く出たおかげで開始30分前には到着し、待ち時間には石田会館でお抹茶と干菓子を頂きました。
それだけでも嬉しいことなのに、なんと干菓子は九曜紋!
これ売ってないから今日のためにつくったんだと思いますよ!
そんで開始時刻になると石田神社へ移動。
来賓紹介があったんですが、市長さんとか衆議院議員の方とか、子孫の方もいらしてて、びっくりしました。
そして来賓の方の挨拶のあと、読経とご焼香が始まりました。
一般人も焼香させて頂けるとのことだったので、してきました。
三成公のたましいに、こんなにきちんとした形でご挨拶ができるとは・・・!
史実の三成好きには、ちょっとありえないほどに贅沢な経験で、感動(^^)
お昼は三成うどんを食べ(普通のかきあげうどんでした)、そのあとは街中にある、三成ゆかりの武将の名前が書いてある街灯巡り(定番です)。
宇喜多さん遠いよ!と騒いでいたら、もっとずっと向こうに島津のおいちゃんのがあると判明。
聞かなかったことにして、行きませんでした(ごめん)。
それから、白川先生による講演会。
白川先生、熱いね!
「文句があるなら受けて立ちます」的な、挑発的なポーズを終始崩しません。
三成公に対する思い入れがとんでもなく大きいのだと思います。
無知な私には分からない話題も多かったです;
そのあと、今日祭壇にそえられていたおそなえもののお餅をいただきました。
これも、かなり嬉しかったです。
今年は人が多かったそうで、それってやっぱ私みたいな若い女性が増えてるんだと思います。
でも、そうやって状況が変わっても、ブームに乗るでもなく私たちを気にするでもなく、今までと同じやり方でつつましく供養の行われる様子がすごいよかったです。
このお祭りが、石田町にずっと住んでいる人の年中行事として、根付いているのだと思うと嬉しかったです。
ここにいるのはゲームの殿でなく、史実で生きていた三成公だなあと思いました。
そういうのを感じられたイベントは初めてでした。
白川先生のお話を聞いて思ったのは、記録として残っている中で色々あることの、結局なにがほんとなのか、やっぱり私には分からないということです。
でも自分の直感で言うなら、三成について、あれだけ悪評があるということは、火のないところに煙りは立たないので、やっぱやな奴だったかも知れんし、汚い仕事もやっていたかも知れないということです。
でも、それを差し置いても、やっぱ官僚として素晴らしい方で、貢献の度合いも物凄いと思うんですね。
好きだから、とかは置いておいて、全くニュートラルに見たときに、その部分が全く評価されてこなかったことは、やっぱり不自然なことだし、悲しいことだなあって思います。
「三成の足跡」ということで壁に掛かっていた地図を見ると、九州から青森まで、ほんとうに日本全国を股にかけて仕事をしているんですね。
そんな人がこの時代、ほかにいたかなあ?
悪評がどうの、というよりは、この人が成し遂げてきたことにこそ、目を向けたいんだな、私は、と改めて思いました。
追記。
石田会館について、「お抹茶を頂きました」としか書いてませんでした・・・;
えーと、ほんとうに普通の公民館といったかんじで、お茶やお花の教室なんかもやってるみたいです。
そうやって地域に根付いた使われ方をしているところが私はまた、嬉しかった。中には、佐和山落城図の屏風などが立てかけてあったり、三成公の生い立ちをアニメにしたものが上映されてたりしました(これ結構長いです)。
供養祭プログラムのひとつ、座談会もここで行われており、私は参加しなかったのですが、参加者一同、最後に記念写真なども撮影されてました。たぶん座談会は、白川先生の独壇場だったと思われます(笑)。
それとですね!色んなサイト様で見かける「三成フェスティバル」の看板!
これは供養祭の会場で使われておりましたです、はい。
なぜか吉本による漫才なども行われており、その舞台の後方に設置されておりました~。
戦国自衛隊(DVD)
2007年10月21日
千葉真一さんが主演の方、見ました
色んな意味で面白かったです!
なんだか自分も体を動かしたくなった・・・
昔の映画ってはじけてますね~
見どころはやはり、最後のVS信玄公の合戦場面ですね
私は当然、自衛隊が負けると思っていたのに、信玄の首を取ってしまったので「もうすでに歴史を変えちゃってるよ!」と心の中で叫びました
しかもそのすぐあとに謙信の裏切りで全滅する辺りがね、実に戦国の時代っぽくてよかったです
この終わり方はほんとに好きです
仲間割れとかしてなくてもいいから、全編通して、純粋に戦国VS自衛隊の話だともっとよかったのにな
自衛隊、なかなかしぶとく頑張ってましたね!
それと戦国側の、人海戦術の怖さもよく伝わってきました
どこに潜んでるか分からないし、倒しても倒しても出てくる、ほんと怖い(^^;
戦場に忍者がいたのは・・・ゲームかと思いましたが;
そのあと漫画も読んだのですが、こちらの方がストーリーに深みがあって面白かったです
伊庭さんの心情とか、すごい丁寧に書かれているし、自衛隊のタイムスリップの意味を、史実の歪んだ時代に降り立って、「織田信長」の役目を果たしたのだ、としたアイデアには鳥肌が立ちました
色んな意味で面白かったです!
なんだか自分も体を動かしたくなった・・・
昔の映画ってはじけてますね~
見どころはやはり、最後のVS信玄公の合戦場面ですね
私は当然、自衛隊が負けると思っていたのに、信玄の首を取ってしまったので「もうすでに歴史を変えちゃってるよ!」と心の中で叫びました
しかもそのすぐあとに謙信の裏切りで全滅する辺りがね、実に戦国の時代っぽくてよかったです
この終わり方はほんとに好きです
仲間割れとかしてなくてもいいから、全編通して、純粋に戦国VS自衛隊の話だともっとよかったのにな
自衛隊、なかなかしぶとく頑張ってましたね!
それと戦国側の、人海戦術の怖さもよく伝わってきました
どこに潜んでるか分からないし、倒しても倒しても出てくる、ほんと怖い(^^;
戦場に忍者がいたのは・・・ゲームかと思いましたが;
そのあと漫画も読んだのですが、こちらの方がストーリーに深みがあって面白かったです
伊庭さんの心情とか、すごい丁寧に書かれているし、自衛隊のタイムスリップの意味を、史実の歪んだ時代に降り立って、「織田信長」の役目を果たしたのだ、としたアイデアには鳥肌が立ちました
「名古屋まつり・郷土英傑行列(名古屋市内)」
2007年10月14日

織田信長

徳川家康
超楽しそうな槍隊の皆様
「名古屋まつり」のメインイベント、郷土英傑行列を見に、名古屋へ
全体的に、もうちょいきびきび歩いてよ~とはおもいましたが、三英傑はかっこよかったです!
秀吉の人好きするかんじとか、家康のただものでない貫禄とか、すごいよかったです
最初、秀吉隊の中にいるはずの三成をみつけられなくて、過ぎ去ってから、秀吉と一緒に輿(車)に乗ってたのがそうだと友達が教えてくれて・・・
写真とれなかった!とくやしがっていたのですが、やっぱりどうしても諦められなかったので・・・追いかけました!
しかし人がすごいうえ信号にひっかかったりで、行けども行けども姿が見えず、結局2駅ほど走ってやっと追いつき・・・写真撮りましたよ!
必死さには自分でも笑えますが、苦労したぶん感動も大きい

豊臣秀吉
後ろに控えている頭巾の青年が、三成です
三成を撮りたかったというよりは、今回は秀吉と三成の2ショットがとりたかったのですね
やはり秀吉の下で日本の政を司っていた姿が一番好きなので
頭巾を被って秀吉のすぐあとに控え誇らしげに手を振る彼はとっても三成でしたよ
無双の殿は綺麗すぎだし肖像画では夢がなさすぎる
この三成は、史実のイメージぴったりやなあと思いました
治部少の近江へ![2日目]
2007年09月17日
開国記念館→彦根城→玄宮園→黒壁スクエア→近江牛・毛利志満→長浜城

ご城下巡回バス

大一大万大吉!
[2日目]
早々に起きて、彦根城へ
歩くのが嫌だったので巡回バスに乗ったのですが、これが大正解です
ボランティアガイドの方が、彦根や佐和山について説明してくれます
分かりやすくて面白い!
名古屋にある焼き鳥屋さんは、石田家家老・舞兵庫の子孫の方が経営してるそうなんですよ!
えええええ行きたーい!
そして彦根城に着いたらまずは開国記念館へ!
ここを見ながら、ひこにゃんの入り待ち
見終わって会場に行ってみると、既にすごい人
すごすぎて、2ショット撮影は中止になりました
予定の時間になり、満を持してひこにゃん登場!
背が小さい!子供くらいの身長しかない!
そして頭が不必要にでかい!
予想の10倍くらい可愛かったです凄絶に
子供のみならず大人も大興奮で、ひげを引っ張ったり頭を叩いたり・・・
進行役の方に、
「今日は撮影会中止です」
と耳打ちされ、オッケー、と頷くひこにゃん
時々ビジネスライクです;
最後に握手して喉を撫でて、さあ終了、という時に、いきなり私の方に駆け寄って来たのでとまどいました
何を期待されていたんでしょう
エ・・・エサ?土産?
ひこにゃんとも会えたので満足してそのあとも見学を続けます
天守を見ていると、前方に「佐和山一夜城」のTシャツを着た方が
実はこの方、甲冑劇で安国寺恵瓊だった人でした
うわーすごい!超感動!
そんな人がまさかこんなとこで普通に見学してると思わなかった~
安国寺殿は、三成役の人に誘われてわざわざ東京からやって来たのだと言ってました
確かにスキンヘッドとひげがとってもイメージでした
玄宮園ではお抹茶を頂きました
係の方がきちんとお作法されているので、よし私も!と思ったのですが、すぐに思い出せず・・・
礼だけふかぶかしておきました
なんでお抹茶ってこんな美味しいんだろう
そのあとは長浜に移って、秀吉佐吉像を写真に収め(佐吉がりりしくて可愛かったです!)近江牛の有名なお店で昼を食べて、長浜城に寄りました
城のてっぺんから見た琵琶湖は今回の旅で一番美しかったです!
でも一番はやっぱり彦根
町全体を上げてのお祭りムード漂うかんじが、とてもいいなあと思ったし、ボランティアスタッフの方がみんなとんでもなく楽しそうで、しかも年配の方が多数、ご活躍されてるんですよ
やるなあ彦根!
また来よう!

ご城下巡回バス

大一大万大吉!
[2日目]
早々に起きて、彦根城へ
歩くのが嫌だったので巡回バスに乗ったのですが、これが大正解です
ボランティアガイドの方が、彦根や佐和山について説明してくれます
分かりやすくて面白い!
名古屋にある焼き鳥屋さんは、石田家家老・舞兵庫の子孫の方が経営してるそうなんですよ!
えええええ行きたーい!
そして彦根城に着いたらまずは開国記念館へ!
ここを見ながら、ひこにゃんの入り待ち
見終わって会場に行ってみると、既にすごい人
すごすぎて、2ショット撮影は中止になりました
予定の時間になり、満を持してひこにゃん登場!
背が小さい!子供くらいの身長しかない!
そして頭が不必要にでかい!
予想の10倍くらい可愛かったです凄絶に
子供のみならず大人も大興奮で、ひげを引っ張ったり頭を叩いたり・・・
進行役の方に、
「今日は撮影会中止です」
と耳打ちされ、オッケー、と頷くひこにゃん
時々ビジネスライクです;
最後に握手して喉を撫でて、さあ終了、という時に、いきなり私の方に駆け寄って来たのでとまどいました
何を期待されていたんでしょう
エ・・・エサ?土産?
ひこにゃんとも会えたので満足してそのあとも見学を続けます
天守を見ていると、前方に「佐和山一夜城」のTシャツを着た方が
実はこの方、甲冑劇で安国寺恵瓊だった人でした
うわーすごい!超感動!
そんな人がまさかこんなとこで普通に見学してると思わなかった~
安国寺殿は、三成役の人に誘われてわざわざ東京からやって来たのだと言ってました
確かにスキンヘッドとひげがとってもイメージでした
玄宮園ではお抹茶を頂きました
係の方がきちんとお作法されているので、よし私も!と思ったのですが、すぐに思い出せず・・・
礼だけふかぶかしておきました
なんでお抹茶ってこんな美味しいんだろう
そのあとは長浜に移って、秀吉佐吉像を写真に収め(佐吉がりりしくて可愛かったです!)近江牛の有名なお店で昼を食べて、長浜城に寄りました
城のてっぺんから見た琵琶湖は今回の旅で一番美しかったです!
でも一番はやっぱり彦根
町全体を上げてのお祭りムード漂うかんじが、とてもいいなあと思ったし、ボランティアスタッフの方がみんなとんでもなく楽しそうで、しかも年配の方が多数、ご活躍されてるんですよ
やるなあ彦根!
また来よう!
治部少の近江へ![1日目]
2007年09月16日
大津で遊覧船に乗る→近江八幡「たねや」でバームクーヘンを買う→佐和山一夜城落城式

大津で乗った遊覧船

彦根駅前の直政君を囲むように幟が!
この一夜城の幟は会場までの道を埋め尽くすように立っています
これが見られるのは、今だけです

彦根城から見た一夜城
こうして見ると本物のお城みたい!
[1日目]
まず大津港へ向かい、琵琶湖遊覧船に乗りました
折角滋賀にいるのだから、琵琶湖をちゃんと見ておこうかなあと
うーんでも思うんですが、大津で見る琵琶湖より彦根あたりで見る湖(鳥人間の会場の辺り)がはるかにきれいなのです、なぜ?
かえって観光名所になってないところのほうが、人がいなくてきれいなのかも知れません
1時間半ほどのクルーズのあと、近江八幡へ
友達が有名なバームクーヘンを買いたいというので私もとりあえず買っとく
京都からよく買いにきてるというおじさんが色々教えてくれる
古地図を印刷した限定パッケージのやつに惹かれたけど高いのでやめとく・・・
そしてこっからが本番なのですが、いざ彦根へ
とりあえず荷物重すぎなのでホテルへ置いてこうという話になったはいいけどホテルが見つからない・・・!
仕方なくタクシーで移動
この時点で一夜城落城式の開始時間は過ぎていました
慌ててシャトルバスで会場へ!
30分ほど遅れて到着
この一大事に間に合わないとは、私は関ヶ原の秀忠かという体たらくです
きっと殿もご立腹です;
会場ではひこにゃんとしまさこにゃんと武将の方々が、劇みたいのをやってます
お客さんはそれを遠巻きに見ています
音声が届きにくくて、よく分かりませんが、ただひとつ分かるのは、私がいるのは東軍側だということ
西軍は奥の方なのですが、やはり人が多くて、そこに混じると何も見えなさそうだなあと思いやめておきました
劇のあと、花火の乱射
イベントのテーマは「夢」らしいので、盛大に打ち上げて幻のように終わろうということなんでしょうか
すごいきれいなんですけど、ベニヤのお城が煙に包まれ、赤く染まって、なんだか落城を思い起こさせます
最後に大きな花火を打ち上げて華々しく散った、石田三成の関ヶ原を思い出して泣けてきました
そのあと、締めの言葉やメイキングムービーなどが流れ、これで本当に終了!
スタッフのみなさん純粋に楽しんでいるかんじが伝わってきてよかったです
なんで序幕式に行かなかったのか・・・(TT)

大津で乗った遊覧船

彦根駅前の直政君を囲むように幟が!
この一夜城の幟は会場までの道を埋め尽くすように立っています
これが見られるのは、今だけです

彦根城から見た一夜城
こうして見ると本物のお城みたい!
[1日目]
まず大津港へ向かい、琵琶湖遊覧船に乗りました
折角滋賀にいるのだから、琵琶湖をちゃんと見ておこうかなあと
うーんでも思うんですが、大津で見る琵琶湖より彦根あたりで見る湖(鳥人間の会場の辺り)がはるかにきれいなのです、なぜ?
かえって観光名所になってないところのほうが、人がいなくてきれいなのかも知れません
1時間半ほどのクルーズのあと、近江八幡へ
友達が有名なバームクーヘンを買いたいというので私もとりあえず買っとく
京都からよく買いにきてるというおじさんが色々教えてくれる
古地図を印刷した限定パッケージのやつに惹かれたけど高いのでやめとく・・・
そしてこっからが本番なのですが、いざ彦根へ
とりあえず荷物重すぎなのでホテルへ置いてこうという話になったはいいけどホテルが見つからない・・・!
仕方なくタクシーで移動
この時点で一夜城落城式の開始時間は過ぎていました
慌ててシャトルバスで会場へ!
30分ほど遅れて到着
この一大事に間に合わないとは、私は関ヶ原の秀忠かという体たらくです
きっと殿もご立腹です;
会場ではひこにゃんとしまさこにゃんと武将の方々が、劇みたいのをやってます
お客さんはそれを遠巻きに見ています
音声が届きにくくて、よく分かりませんが、ただひとつ分かるのは、私がいるのは東軍側だということ
西軍は奥の方なのですが、やはり人が多くて、そこに混じると何も見えなさそうだなあと思いやめておきました
劇のあと、花火の乱射
イベントのテーマは「夢」らしいので、盛大に打ち上げて幻のように終わろうということなんでしょうか
すごいきれいなんですけど、ベニヤのお城が煙に包まれ、赤く染まって、なんだか落城を思い起こさせます
最後に大きな花火を打ち上げて華々しく散った、石田三成の関ヶ原を思い出して泣けてきました
そのあと、締めの言葉やメイキングムービーなどが流れ、これで本当に終了!
スタッフのみなさん純粋に楽しんでいるかんじが伝わってきてよかったです
なんで序幕式に行かなかったのか・・・(TT)
「風林火山」第36回
2007年09月09日
暗殺に行ってあっさり見つかる、勘助(笑)
それはともかく、今日は、泣きましたー
お北さまが由布姫に言った言葉
「諏訪を守ってこそ武田に勝ったことになる」
「由布姫が健在であるからこそ武田と諏訪は争わずにいられる」
あれは、キましたね
戦の世で、女というのはとかく無力で、軽い存在のように感じられますが、そういう中でもこういう戦いができるのだなあと思いました
小山田を殺して自分も死んだ、美瑠姫のエピソードが同じ回に書かれたのが印象的
同じ逆境の中にいても、破滅に向かうことも、前進することも、どちらもできるというメッセージなのかなあと思いました
そして由布姫の戦いとは、お北さまの言葉どおり、諏訪の姫様でい続けることなんだろうなと思いました
今回はどろどろでしたねー
歴史を知る前は、戦国時代ってもっと切ったはったの時代だったのかと思いきや、実は全然そんなことはなく
戦で戦死も辛いのですが、自国を滅ぼした殿の側室にされたりだとか、人質まがいの結婚とか、このどろどろこそが戦国時代ってくらい、この時代こんなのばっかで、そういうのはじめじめした辛さがあるなあと思います
そんな中で於琴姫の屈託ない性格が気持ちよかったです
しかしこのドラマ、どこまで本当なんですか!?
小山田と美瑠姫のエピソードって史実ですか???
あと勘助はほんとうに由布姫のために、長男と今川家の姫を結婚させたのでしょうか・・・まさか史実でそれはないと思うけど;
だとすると勝頼が家督を継いだ理由ってなんなのですか?
も~見てるとわからんことだらけです;
それはともかく、今日は、泣きましたー
お北さまが由布姫に言った言葉
「諏訪を守ってこそ武田に勝ったことになる」
「由布姫が健在であるからこそ武田と諏訪は争わずにいられる」
あれは、キましたね
戦の世で、女というのはとかく無力で、軽い存在のように感じられますが、そういう中でもこういう戦いができるのだなあと思いました
小山田を殺して自分も死んだ、美瑠姫のエピソードが同じ回に書かれたのが印象的
同じ逆境の中にいても、破滅に向かうことも、前進することも、どちらもできるというメッセージなのかなあと思いました
そして由布姫の戦いとは、お北さまの言葉どおり、諏訪の姫様でい続けることなんだろうなと思いました
今回はどろどろでしたねー
歴史を知る前は、戦国時代ってもっと切ったはったの時代だったのかと思いきや、実は全然そんなことはなく
戦で戦死も辛いのですが、自国を滅ぼした殿の側室にされたりだとか、人質まがいの結婚とか、このどろどろこそが戦国時代ってくらい、この時代こんなのばっかで、そういうのはじめじめした辛さがあるなあと思います
そんな中で於琴姫の屈託ない性格が気持ちよかったです
しかしこのドラマ、どこまで本当なんですか!?
小山田と美瑠姫のエピソードって史実ですか???
あと勘助はほんとうに由布姫のために、長男と今川家の姫を結婚させたのでしょうか・・・まさか史実でそれはないと思うけど;
だとすると勝頼が家督を継いだ理由ってなんなのですか?
も~見てるとわからんことだらけです;
「風林火山」第35回
2007年09月02日
今回はコメディ調で面白かった
あれは、あれで深刻なのかも知れませんが、合戦と違い、やはり真剣になりきれてない感じの武田家の面々に笑えてしょうがなかった
日常があって、戦がある
そのギャップが上手く出ていた気がします
池脇千鶴はいいですね
幼い顔立ちがどうも正室の印象ではないのですが、でも演技が素晴らしいなあ~
貫禄があるというか、存在感があるというか
対象的な由布姫
勘助の力を借りないと、何もできないところが、戦国時代の女性の立場をあらわしていて悲しいですね
それにしても大河ドラマになるといい扱いを受けますよね
番組の最後には毎回ゆかりの地まで紹介してもらえるしさあ
本屋でも平積みだしね
直江殿も幸せ者ですね
あれは、あれで深刻なのかも知れませんが、合戦と違い、やはり真剣になりきれてない感じの武田家の面々に笑えてしょうがなかった
日常があって、戦がある
そのギャップが上手く出ていた気がします
池脇千鶴はいいですね
幼い顔立ちがどうも正室の印象ではないのですが、でも演技が素晴らしいなあ~
貫禄があるというか、存在感があるというか
対象的な由布姫
勘助の力を借りないと、何もできないところが、戦国時代の女性の立場をあらわしていて悲しいですね
それにしても大河ドラマになるといい扱いを受けますよね
番組の最後には毎回ゆかりの地まで紹介してもらえるしさあ
本屋でも平積みだしね
直江殿も幸せ者ですね
「天下取りへの道 戦国の武将たち(徳川美術館)」
2007年09月02日
徳川美術館→徳川園

いま企画展示をやっているとの情報を受け、行って参りました~
常設と徳川園も合わせて見たので半日くらいはいたかなあ(^^;
感想・・・すっごいです!
なんだここは!
第一展示室の入口には徳川の家紋入りの旗と鎧がどーんと展示されていて、それがもうなんかかっこいいです
そしてテーマ別に展示室がいくつもあって、最後に今回の企画展示があるんですけど、これがね~もうね~超有名なものばっかでしかも本物がずらっと並んでいて、国宝とか重要文化財とかも混じっていて、とにかくすごいのです
面白かったのが、信長がおね(秀吉の正室)に宛てて書いた書状
歴史小説を読みすぎたせいか、武将のやることって全部策略に見えるんですけど、これは純粋に信長の思いやりなんでしょうかね
秀吉の奥さんの機嫌を取ってもメリットないですよね
あっちなみにひらがなばっかりでした(笑)
あと信玄直筆の和歌とか
経歴がすごい茶壷とか
家康が何度も戦で使った陣太鼓とか
モノのバリエーションも広くて面白い!
筒井順慶所持の茶入にはぐっときました、あるって知らなかったので・・・!
そして今回の何よりの目的である、三成自筆の書状と、所持していた太刀
書状は・・・噂どおり、字が、字が;
汚いというか、雑!
礼状らしいんですけど、もうなんか丁寧に書こうという気が微塵も感じられません
礼状なんて出しとけばいいんだろう的なこの人の合理主義が覗いているようで思わず笑ってしまいました
名前も省略です「石治少」=石田治部少輔
大垣城で見たやつには「治部少」と書いてありましたけど、この略すのは流行っていたんですかね?
それとすごく思ったのは、家康はいくさ人だったのだなあということです
「織田がこね 羽柴がつきし~」という歌がありますけど、しっくりこないなあと思うのは、家康は別に座って待ってたわけじゃないからです
信長やら秀吉やらが天下を治めようとしている間も、この人はこの人で苦労をしていますよね
座りしままに食べてるのは、むしろ家康の子孫ですよね;
この歴戦の将に、戦なんかろくにやったこともない三成が、ほんとうに勝てると思って挑んだのか疑問です
よく二人を比べて「器が違う」なんて言われますが、器ってなんだろうと常々思っていたので、家康に関するたくさんの展示品を見て、あぁこういうことかなあと今日は体感できた一日でした
いま企画展示をやっているとの情報を受け、行って参りました~
常設と徳川園も合わせて見たので半日くらいはいたかなあ(^^;
感想・・・すっごいです!
なんだここは!
第一展示室の入口には徳川の家紋入りの旗と鎧がどーんと展示されていて、それがもうなんかかっこいいです
そしてテーマ別に展示室がいくつもあって、最後に今回の企画展示があるんですけど、これがね~もうね~超有名なものばっかでしかも本物がずらっと並んでいて、国宝とか重要文化財とかも混じっていて、とにかくすごいのです
面白かったのが、信長がおね(秀吉の正室)に宛てて書いた書状
歴史小説を読みすぎたせいか、武将のやることって全部策略に見えるんですけど、これは純粋に信長の思いやりなんでしょうかね
秀吉の奥さんの機嫌を取ってもメリットないですよね
あっちなみにひらがなばっかりでした(笑)
あと信玄直筆の和歌とか
経歴がすごい茶壷とか
家康が何度も戦で使った陣太鼓とか
モノのバリエーションも広くて面白い!
筒井順慶所持の茶入にはぐっときました、あるって知らなかったので・・・!
そして今回の何よりの目的である、三成自筆の書状と、所持していた太刀
書状は・・・噂どおり、字が、字が;
汚いというか、雑!
礼状らしいんですけど、もうなんか丁寧に書こうという気が微塵も感じられません
礼状なんて出しとけばいいんだろう的なこの人の合理主義が覗いているようで思わず笑ってしまいました
名前も省略です「石治少」=石田治部少輔
大垣城で見たやつには「治部少」と書いてありましたけど、この略すのは流行っていたんですかね?
それとすごく思ったのは、家康はいくさ人だったのだなあということです
「織田がこね 羽柴がつきし~」という歌がありますけど、しっくりこないなあと思うのは、家康は別に座って待ってたわけじゃないからです
信長やら秀吉やらが天下を治めようとしている間も、この人はこの人で苦労をしていますよね
座りしままに食べてるのは、むしろ家康の子孫ですよね;
この歴戦の将に、戦なんかろくにやったこともない三成が、ほんとうに勝てると思って挑んだのか疑問です
よく二人を比べて「器が違う」なんて言われますが、器ってなんだろうと常々思っていたので、家康に関するたくさんの展示品を見て、あぁこういうことかなあと今日は体感できた一日でした
犬山城
2007年08月06日
うなぎを食べる→犬山城→犬山市文化史料館→からくり館

犬山城に行って参りました(^^)
今回は、最近買った「日本100名城ガイドブック」で、お城の各部の名称とかをなんとなくですけど、勉強していきました
やっぱり、知ってた方が面白いかな~と
犬山城はさすが国宝の天守を持つだけあって、けっこう観光客もいました
お城が賑わっているのはなんか嬉しい(^^)
それで、感想ですけど!
すっごい良かったです・・・!
小さいんだけど白と黒のコントラストが美しいね!
内部も、いい意味で整備されすぎてない印象を受けました
ちゃんと、城として機能していた時代の面影を残しているというか
4階の回廊を歩けるのも、やっぱ感動ですよね~!
成瀬氏の歴代城主の肖像画には圧倒されました
休憩所には3Dでお城の説明が見られる画面もあって、これも手が込んでます
100名城のスタンプは、何故か管理事務所に行かないと押せませんでした;
そのあと近くの資料館へ
こちらには、成瀬家関連の展示物が置かれています
展示場の入り口には、成瀬氏から城の譲渡についての挨拶文があり、淡々としているのですが、実はすごい葛藤だったろうな・・・と
先祖が代々、命がけで守ってきた城の所有が、自分の代で終わるというのは、やっぱり切ないものがありますよね
戦国ものの本をたくさん読んでいるので、その中に出てくる武将たちに重ねてしまいました
帰ってから犬山市のHPを見てたんですけど、「旧磯辺邸」行けばよかったかも・・・!
実は江戸時代のお屋敷の内部って見たことないんですよね~
今度機会があったら是非行きたい
あと「如庵」も、また公開されることがあれば行きたいです
犬山城に行って参りました(^^)
今回は、最近買った「日本100名城ガイドブック」で、お城の各部の名称とかをなんとなくですけど、勉強していきました
やっぱり、知ってた方が面白いかな~と
犬山城はさすが国宝の天守を持つだけあって、けっこう観光客もいました
お城が賑わっているのはなんか嬉しい(^^)
それで、感想ですけど!
すっごい良かったです・・・!
小さいんだけど白と黒のコントラストが美しいね!
内部も、いい意味で整備されすぎてない印象を受けました
ちゃんと、城として機能していた時代の面影を残しているというか
4階の回廊を歩けるのも、やっぱ感動ですよね~!
成瀬氏の歴代城主の肖像画には圧倒されました
休憩所には3Dでお城の説明が見られる画面もあって、これも手が込んでます
100名城のスタンプは、何故か管理事務所に行かないと押せませんでした;
そのあと近くの資料館へ
こちらには、成瀬家関連の展示物が置かれています
展示場の入り口には、成瀬氏から城の譲渡についての挨拶文があり、淡々としているのですが、実はすごい葛藤だったろうな・・・と
先祖が代々、命がけで守ってきた城の所有が、自分の代で終わるというのは、やっぱり切ないものがありますよね
戦国ものの本をたくさん読んでいるので、その中に出てくる武将たちに重ねてしまいました
帰ってから犬山市のHPを見てたんですけど、「旧磯辺邸」行けばよかったかも・・・!
実は江戸時代のお屋敷の内部って見たことないんですよね~
今度機会があったら是非行きたい
あと「如庵」も、また公開されることがあれば行きたいです
センゴク
2007年07月28日
小説ではありません、漫画です
漫喫で、既刊全巻読みました
絵入りで歴史を知ることができて、また、戦国時代が近くなったかんじです
知りたいと思いつつ、なかなか知る機会のなかった、信長公の天下取りをメインに書かれていて、すっごく面白く、かつ勉強になる作品でした
まず思ったのはいまの世の中はつくづく幸せだなあということ
ほんの数百年前にこんな世界があったということが驚き、を通り越してなんかショックでした
この時代は描かれている以上に女の人に人権がなかったもんね
いまは、少なくとも日本に生まれた私達はどこにでも行けるしなんでも出来るし弱くても生きていける
いつ敵襲があるか、戦があるかと怯える必要もない
好きなものもおなかいっぱい食べられて好きな人といっしょにいられて暖かい布団で眠れる
平和な時代ですね
その幸せを当たり前だと思っては、いけないよなあと思いました
ひとつひとつを、もっと噛み締めないと
そんなひどい時代の話なのに読むと明るい気持ちになるのは、理不尽な中でも、その時できることを自分の意思で選択する人々の生き方にはげまされるからでしょうか
当時の人たちが不幸だったかというと、それを現代人のものさしではかって決め付けることをしては、いけないなと思うのです
一番泣いたのは、透波(忍び)のお鹿が死ぬ場面
大仏を、好きな人に見立てて、寄り添って死のう って、悲しすぎる・・・あんまりだ!って思ってしまいました
でも当時としては、何でもないことで、お鹿を不幸だと決め付けることももちろんできない
結果が全てではなく、どう生きたか、だと思うからです
環境でなく結果でなく行動
それのみに目を向けることができればどんな状況にあっても人は幸福を感じられるかもしれない
だから無双2の猛将伝のキャッチコピー「宿命を生き抜く、乱世の魂」ってね、すごくいいよね
時代が時代なだけに、どうにもならない運命に翻弄されつつも、その中でどう生きるか、が大事なんだなと思いました
お蝶という生き甲斐を失ったゴンベエは今後どうなっていくのでしょう
どう生きるのでしょう
続きが気になります!
それと、私の好きな戦国武将たちの哲学がふんだんに盛り込んであるのもいい!
信長も秀吉も、それにやんちゃな家康もかっこいい・・・!
名言が飛び出しまくりですよ
家康をかっこよく感じたというのは、私にとってすごく、意味のあることです
西軍派だった私は、当初、家康のことを毛嫌いしていたんですね
でもこの作品に書かれている、若かりし頃の家康は、まんま「三河武士」でした
惚れました
いつか、家康を好きになる日は来るんだろうと思っていました
だって関ヶ原ものを読んでいれば、それがたとえ三成視点で書かれていてさえ、家康の器の大きさや、勇気、乗り越えてきた過去の凄惨さは感じ取れるもの
思うのは、関ヶ原は三成と家康の対立のように言われることがあるけど、実はそういうレベルの問題ではなかったのだろうなということです
権力と権力のぶつかり合いであり、個人を好きだとか嫌いだとか、そういう話ではなかったと思うのです
戦国ものをたくさん読んで、この時代が、自分の思っていたよりずっと発達していたことを知ったから、そう思うのです
そして名を残した戦国武将というのは、誰もがひとかどの人物だったに違いないのです
たとえ本で矮小な人物に書かれていたとしても、です
本当に愚かだったら、歴史に名を残すことはできません
国を治めることもできません
まして実力主義の戦国時代であれば、尚のことそうです
そういうわけで三成や家康やその他武将について、できるだけニュートラルな視点で見るようにしたい
心情的には三成がやっぱり好きですが、それが家康を嫌う理由にはならないと思うのです
ともあれ、歴史小説にはない、ドラマや感情の動きがあってかなり面白い漫画でした
こういうテイストの歴史漫画がもっと出るといいんだけどなあ
意外にないんだよね
この作者の人に他の武将も主人公にして書いてほしい、是非
漫喫で、既刊全巻読みました
絵入りで歴史を知ることができて、また、戦国時代が近くなったかんじです
知りたいと思いつつ、なかなか知る機会のなかった、信長公の天下取りをメインに書かれていて、すっごく面白く、かつ勉強になる作品でした
まず思ったのはいまの世の中はつくづく幸せだなあということ
ほんの数百年前にこんな世界があったということが驚き、を通り越してなんかショックでした
この時代は描かれている以上に女の人に人権がなかったもんね
いまは、少なくとも日本に生まれた私達はどこにでも行けるしなんでも出来るし弱くても生きていける
いつ敵襲があるか、戦があるかと怯える必要もない
好きなものもおなかいっぱい食べられて好きな人といっしょにいられて暖かい布団で眠れる
平和な時代ですね
その幸せを当たり前だと思っては、いけないよなあと思いました
ひとつひとつを、もっと噛み締めないと
そんなひどい時代の話なのに読むと明るい気持ちになるのは、理不尽な中でも、その時できることを自分の意思で選択する人々の生き方にはげまされるからでしょうか
当時の人たちが不幸だったかというと、それを現代人のものさしではかって決め付けることをしては、いけないなと思うのです
一番泣いたのは、透波(忍び)のお鹿が死ぬ場面
大仏を、好きな人に見立てて、寄り添って死のう って、悲しすぎる・・・あんまりだ!って思ってしまいました
でも当時としては、何でもないことで、お鹿を不幸だと決め付けることももちろんできない
結果が全てではなく、どう生きたか、だと思うからです
環境でなく結果でなく行動
それのみに目を向けることができればどんな状況にあっても人は幸福を感じられるかもしれない
だから無双2の猛将伝のキャッチコピー「宿命を生き抜く、乱世の魂」ってね、すごくいいよね
時代が時代なだけに、どうにもならない運命に翻弄されつつも、その中でどう生きるか、が大事なんだなと思いました
お蝶という生き甲斐を失ったゴンベエは今後どうなっていくのでしょう
どう生きるのでしょう
続きが気になります!
それと、私の好きな戦国武将たちの哲学がふんだんに盛り込んであるのもいい!
信長も秀吉も、それにやんちゃな家康もかっこいい・・・!
名言が飛び出しまくりですよ
家康をかっこよく感じたというのは、私にとってすごく、意味のあることです
西軍派だった私は、当初、家康のことを毛嫌いしていたんですね
でもこの作品に書かれている、若かりし頃の家康は、まんま「三河武士」でした
惚れました
いつか、家康を好きになる日は来るんだろうと思っていました
だって関ヶ原ものを読んでいれば、それがたとえ三成視点で書かれていてさえ、家康の器の大きさや、勇気、乗り越えてきた過去の凄惨さは感じ取れるもの
思うのは、関ヶ原は三成と家康の対立のように言われることがあるけど、実はそういうレベルの問題ではなかったのだろうなということです
権力と権力のぶつかり合いであり、個人を好きだとか嫌いだとか、そういう話ではなかったと思うのです
戦国ものをたくさん読んで、この時代が、自分の思っていたよりずっと発達していたことを知ったから、そう思うのです
そして名を残した戦国武将というのは、誰もがひとかどの人物だったに違いないのです
たとえ本で矮小な人物に書かれていたとしても、です
本当に愚かだったら、歴史に名を残すことはできません
国を治めることもできません
まして実力主義の戦国時代であれば、尚のことそうです
そういうわけで三成や家康やその他武将について、できるだけニュートラルな視点で見るようにしたい
心情的には三成がやっぱり好きですが、それが家康を嫌う理由にはならないと思うのです
ともあれ、歴史小説にはない、ドラマや感情の動きがあってかなり面白い漫画でした
こういうテイストの歴史漫画がもっと出るといいんだけどなあ
意外にないんだよね
この作者の人に他の武将も主人公にして書いてほしい、是非